著者プロフィール:郷 好文
マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」
2006年、資生堂が満を持して世に出したヘアケア製品「TSUBAKI(ツバキ)」。TSUBAKIは、赤いツバキの花を思わせる赤色が印象的なボトルを採用していた。資生堂は2006年に赤TSUBAKIで180億円の売上高を稼ぎ、シャンプー・リンス市場でトップに躍り出た。TSUBAKIブランドの浸透、そのマーケット形成は、促成栽培のように開花し、根付いた。2007年9月からは新製品の「白TSUBAKI」を投入。赤と白、2色のツバキは今、圧倒的なボリューム陳列が量販店で行われている。
実際に赤TSUBAKIを使っていた女性の声を紹介してみよう。知人や化粧品口コミサイト「@Cosme」では、「赤は香りが強すぎてダメ」「成分が強すぎるのがイヤ」「洗い流すときにキシミ感があってちょっと……」という意見が挙がっていた。また、ある人の“買わない理由”はこうだ。「リフォームしてお風呂を寒色系でキメたから、赤いボトルがバスルームにはちょっと……」ボトルの色でシャンプーを決める人もいるんだ! と新鮮だった。何にせよ、こういった理由で2本目(リピート購入)を敬遠している人もいる。
これに対し、新発売の白TSUBAKIは“ダメージケア”がウリだ。香りを控えめにして優しさを前面に出した。「TSUBAKI」をシャンプー・リンスの「太く強いブランドにする」と明言している資生堂にとって、赤はリッチな香りの商品、白はダメージケア商品という“二輪挿し”のポジショニングなのである。
白TSUBAKIでは、より一層広い層にアピールするのが、資生堂の方針である。赤が20代中心だったのに対して、白は髪の傷みを気にする層やもっと上の年齢層までカバーして、キャリアウーマンご用達ブランドにしたい、といった路線だ。白いボトルなら寒色系のバスルームにもぴったりだろう。コア層向けの商品から、広い層向けの機能型商品へと王道を歩む展開である。
赤TSUBAKIで2006年に180億円だった売上を、2007年は赤TSUBAKI+白TSUBAKIで220億円を目指す。赤と白は食い合うともいわれるが、赤TSUBAKIに比べ実売100円のアップの白が中心になれば、220億円という売上目標はむしろ控えめなくらいである。
ここからはTSUBAKIのCM展開について見ていこう。話題の中心は、なんと言っても“女優6人衆”。赤TSUBAKIの広告を見て「よくもまあそろえたわね!」と思った人は多いはずだ。目移りしそうな美人そろい踏みの“1st Wow!”は「衝撃」だった。なぜこんなにたくさんの美人を揃えたのか、なぜこのメンバーなのか、なぜ女優は次々にスライド登板するのか。そんな「?」も広がり、話題になった。ではTSUBAKIの女優遍歴をおさらいしよう。
第1期(2006年3月):上原多香子・竹内結子・田中麗奈・仲間由紀恵・広末涼子・観月ありさ
第2期(2006年6月):相沢紗世・荒川静香・香里奈・黒木メイサ・吹石一恵・森泉
第3期(2007年3月):12名(杏・蒼井優・相沢紗世ほか)
第1期は女優6人のイメージを明確に打ち出し、第2期は優等生的な美女と、女優ではないが話題性のある女性(荒川)を揃えた。第3期の12名体制ではイメージは少しボケた感がある。なぜこの3つのステップを踏んだのか?
マーケティングでいう「導入期・成長期・成熟期」に対応させたのである。導入期に「日本女性の代表」で切りこみ、成長期に誰もが認める美人に入れ替え、成熟期には庶民的なアイドルを投入する。いわゆるプロダクトサイクル、マーケティング教科書そのまんまである。美人女優を複数起用した狙いは、まずここにある。
赤から白へ、年齢から見れば下げて(蒼井)上げた(鈴木)。上原多香子(24)と田中麗奈(27)から、蒼井優(22)と鈴木京香(39)への変更である。20代中心の赤よりも、購買層をより幅広くしたいメッセージが伝わってくる。蒼井優は12人衆からの昇格で、鈴木京香は初登場。6人の平均年齢は26歳(赤)から29歳(白)になった。
こうした王道を行くマーケティングの狙いは、資生堂、いや多くの消費財メーカーに共通する悩みがあるからだ。その悩みとは「キャラクターだけでは続かない、商品だけでも続かない」。続かないのは広告効果、ブランド浸透、そしてリピート購買である。昨今の消費者は花から花へ飛び回るミツバチのように気まぐれでせっかちだから、広告効果もあっと言う間にしぼんでしまう。太いくて強いブランド育成が難しい時代なのだ。
だからこそ資生堂は、“2nd Wow!”を仕掛けた。2番目の驚き――それは女優の持つ「ワケ」である。
なだらかな丘陵のような人にも、爽やかな風のような子にも、才能にあふれる女性にも、棘があるオンナにも、結局どんなタイプにも惹かれる筆者だが、一般の女性消費者はそうではないだろう。女性が同性を見る目は厳しいのである。だから広い層に売るためには、複数のキャラクターでカバーしなくてはならないのだ。それが6人のワケあり女優、ワケなし女優、ワケ秘め女優たちである。まず「男運」と「キャラ(クター)」の軸で見てみよう。
ヨコ軸のキャラはプッツン(失礼)からオトナまでの成長を示し、タテ軸の男運はそのものズバリの意味である。まだ男運処理が片付いていない竹内さん、ごめんなさい。広末さんはメディアにプッツン女優という不名誉な称号を授けられていた上、恋愛も苦労したようで左隅になったが、最近は自分らしさが前に出て、綺麗になった。この2人が「いろいろありましたが……」という“ワケあり”女優であることは、たいていの人が知っている。ここがミソである。竹内さんは離婚話のあとでもCMから外されないことに注目したい。結婚話も浮いた噂も一向に出ない3名(鈴木、仲間、観月)は横一線。こちらは“ワケ秘め”だろうか。
この図では、ヨコ軸のキャラ(クター)はそのままに、タテ軸をギャラ(ンティ)として、このCMの推定ギャラを入れて再ポジショニングした。ギャラ額は業界推定(単位万円)。仲間さんが図抜けてトップ、意外に高い広末さん、さすがの竹内さん、これからだよ蒼井さん、という感じだろうか。最初の図との違いがお分かりだろうか? 仲間さんは別格として、広末さん、竹内さんへの期待度が見えてくる。ギャラにも“ワケ”があるのだ。
最後の図は、横軸を「(消費者の)共感」、縦軸は「(消費者の)応援」とした。復活ゾーンにはワケありの竹内さんと広末さん。いろいろあったけど「純粋」「めげない」「堂々」そして「親権は渡さない(竹内さん)」で共感度も高く、応援度も高い。竹内さんはファンをとても大切にする人柄だそうで、個人的にはイチ押し。
真ん中は芸達者ゾーンの観月さん、蒼井さん。2人とも才能があり、芸への努力家で知られる。「さわやか」「がんばり」「耐える」「落ちたらダメ」「美脚(観月さん)」というところだろうか。
その下の安泰ゾーンは、共感度・応援度が相対的に低いが、それは2人が押しも押されもせぬ女優だから。「芯が強い」「凛とする色香」「オジサン殺し(京香さん)」。仲間さんは髪と同じまっすぐの性格だと聞く。鈴木さんの清楚さは永遠だろうか。
女優のさまざまな“ワケ”をまんべんなく網羅して、ワケと商品コンセプト(=苦労しながらも輝く女性を応援する)の交差点を作り、消費者の心の中に女優の成長ストーリーを育てる。この女優たちを起用した裏には、広告効果を長持ちさせようという狙いがある。商品コンセプトと女優のワケをうまく融合させたTSUBAKIマーケティングであった。
ツバキの美しさに幻惑されながらも予言を1つ。ツバキの花は赤と白だけではない。ピンクもある。赤白に続いて資生堂から「もう1本!」の展開がありうる。それはヘアカラー向け製品でボトルは桃色。開発コードネームは“MOMOTSUBAKI”だろう(と勝手に推測)。
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