ローリスク・ハイリターンという“おいしい話”はない? 恋愛行動とファイナンス理論財務で読む気になる数字(2/2 ページ)

» 2008年07月23日 17時24分 公開
[GLOBIS.JP]
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効用とリスクから現在価値を求めると、なかなか結婚に踏み切れない結果に……

 ここで、キャッシュフローを現在価値に割り戻す際の割引率(r)について考えてみたい。

 DCF法では、「資産が将来生み出すキャッシュフロー」を「そのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率」で現在価値に割り戻すとしている。

 それでは、上記にある“伴侶を得る投資行動”の式で、(1)から(3)のリスクの大きさはどう考えるべきであろうか。

 (1)の生活費の削減については、変動の少ない内容のキャッシュフローであるので割引率は低いと思われるが、結婚後財布の紐をどちらが握るかによっても判断は変わってくる。

 (2)の精神的な充足感については、初めの頃は量的にもかなり大きいかもしれない。しかしながら、時間の経過とともに急速に低減していく可能性も高く、また結婚を決断する時点では不確実な要素も多いことから、最終的なリスクすなわち割引率はかなり高いのではないかと推測される。

 マイナス面である(3)は、算出式の中に既に破綻の確率を乗じていることから、該当するキャッシュフローそのもののリスクは低く、したがって割引率は低いものとなろう。

 一方、結婚にかかわる初期費用はどうであろうか。昨今の情勢では300万〜500万円の投資は必要と考えられる。それに基づくと、結婚によるNPVはそう簡単にはプラスにはならないと判断できるであろう。だからこそ、なかなか結婚には踏み切れないという悩みも出てくるのだ。

 ここまでの議論は、算式を分かりやすく、普遍化するために、独身生活から夫婦の生活に移行することをシンプルに捉え、4つの要素で式を構成した。読者の皆さんは、それぞれの事情に合わせた項目や数値を設定していただきたい。

 なお、夫が初婚で妻が再婚という組み合わせが増加しているという最近の結婚の動向(2007年4月17日付け日本経済新聞夕刊によると、「厚生労働省の調査では、2005年に結婚した夫婦のうち、初婚夫の約1割はこの組み合わせであり、この30年間でじわり増加傾向にある」とある)も、NPV法に則って考えると分かりやすい。

 これは、離婚を経験した女性が経験から学び、将来の効用/キャシュフローがより確実に読めるようになったことが影響していると推測できる。つまり、上記(2)のキャッシュフローが読みやすい(安定的で確実なキャッシュフローのリスクは低くなる)ことから現在価値が高くなると同時に最初から本音ベースでの付き合いができることから(3)の結婚が破綻する確率も低下すると見込まれるためである。上記の式に当てはめれば、“伴侶を得る”ことの現在価値は初婚と比べて増加し、NPVがプラスになりやすいのではないかと考えられる。

 同紙の記事によれば、「未婚同士のミスマッチが相変わらず多い。未婚女性は男性を見る目が厳しく、(男性に)自信を失わせていまいがち」で、「未婚同士のパーティーだと、(男性の)外見や収入が条件に合わないと話もしてもらえない」一方で、「離婚経験のある女性は中身を見てくれるので、こちらも自分を出せる」という。やはり離婚経験の有無が、(2)と(3)の現在価値に大きな影響を与えているようである。

 さて、この話題に対し、「結婚して子供を持ちたいと思う場合はどうするのですか」という質問が来たことがある。

 これについては、子供を持つことが結婚を前提とすると考えれば、一種のリアルオプション(決断を一定の将来の時期まで延期できる権利)の概念が適用できるだろう。「子供のいる家庭をつくりたい」という気持ちが強ければ、つまり子供を持つことのNPVがプラスであれば、結婚からのNPVが若干マイナスであっても、結婚に踏み切る人はいるだろう。この考え方は、検討対象の事業は単独では赤字であっても戦略的に重要であることから実施する(いわゆる戦略的赤字)という考え方の理論的根拠である。

 この場合の式は、

 NPV(結婚)+NPV(子供)*子供を待つ確率/(1+r)^n > 0

で表せる※。ここでも、育児費用や子供が将来もたらすであろうキャッシュフロー/効用については、個々人の事情もあるので、NPV(子ども)というように簡略化している。

※NPV(子ども)に割引率を用いているのは、何年後に子供の誕生を想定しているかによって、結婚を決意する時点まで割り引いた現在価値を算出する必要があるからである。

余談:恋愛にポートフォリオ理論は有効か

 余談だが、恋愛にポートフォリオ理論は有効であろうか。

 資産を分散して投資すると、リターンは変えずに、リスクだけを低減できるというのがポートフォリオ理論による分散投資の効用である。これも同様に、

 PV(恋愛)= Σ(恋愛のキャッシュフロー)n/(1+r)^n

という式で、表現できる。

 問題は、恋愛において分散投資(すなわち複数の相手と付き合う)する場合、分子のキャッシュフローは増加するか、また分母の割引率(キャッシュフローのリスク)は減少するかどうかである。分散投資(付き合う相手の数を増加させていく)ことによって、当初は分子(恋愛の効用)が確実に増加していくであろう。

 しかし、分散する数が一定の水準を超えると、本命に複数交際が露見する可能性が高まり、分母のキャッシュフローの割引率すなわちリスクが、急速に上昇していくだろう。特に、本命の相手に複数交際がばれた場合のダメージ(結婚のNPVのうち(3)に相当する「恋愛破綻コスト」の現在価値)はきわめて大きく、NPVもマイナスに陥りやすい。

 やはり、この世の中にローリスク・ハイリターンというおいしい話はありえない、ということだろう。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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