ユーザーと市場の“知性”を試されるクルマ――トヨタ「iQ」に試乗した神尾寿の時事日想・特別編(2/2 ページ)

» 2008年08月29日 12時30分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
前のページへ 1|2       

 まず、パワートレイン(機関部)ではエンジンとディファレンシャルギア、タイヤの位置関係を全面的に見直した。これまでエンジンセンターより後方だったディファレンシャルギアが前方に配置され、それにあわせてトランスミッションや補機類も一新した。これらの工夫により、ドライバーの足回りを窮屈にすることなく、フロントオーバーハングの大幅な短縮化を実現している。

 また、狭いエンジンルーム内を効果的に活用するために、エアコンも新開発。容積で従来比20%削減した小型エアコンを搭載し、インストルメントパネル中央にすっぽりと収まるようになった。さらに、このエアコンは新開発であることを生かして、小型化だけでなく省電力化も図り、燃費への負担を減らしている。

 これら機械部のコンパクト化をする一方で、人が過ごす車室は可能なかぎり広くとるための工夫が凝らされている。

 その中でも画期的なのが、左右非対称の空間設計だろう。運転席に対して、助手席位置はオフセット(互い違い)で配置されており、インストルメントパネルとシート位置は左右非対称になっている。さらに全長の短さに対して全幅は広いという特性も生かし、前席は左右にやや離して設置。これらにより前席の広々感が得られたほか、足下に余裕のある助手席を前にスライドさせると、助手席側後方の居住性も向上。2人乗車ならばサイズを感じさせない広々感が得られ、大人3人+子ども1人ならば無理なく乗れるというiQの特徴的なパッケージが完成した。

 「トヨタの中でも、『クルマは大きいほど快適で偉い』と考える人は多い。そういった(かつての)自動車文化の主流からみれば、(iQは)異端中の異端のプロジェクトでしたよ(笑)」(中嶋氏)


軽自動車よりも全長が短いiQだが、独特な室内の作りで“小さくても乗っていて疲れないクルマ”を実現している。左右非対称のデザインで、大人3人+子ども1人なら無理なく乗れる

バーチャルに「クルマが拡大する」不思議な感覚

 では、実際に乗ってみた感触はどうなのか。小さいことによる不安や“安っぽさ”はないのか。

 今回、試乗したのは日本市場向けに投入が予定されている1リッター ガソリンエンジン(1KR-FE)とSuper CVT-iの組み合わせ。カラーバリエーションや装備は最終検討中とのことなので詳細は伏せるが、内外装ともにクオリティが高い。またデザインへのこだわりも強く、サイドやリアに複雑な面構成が施されている。これらはデザイン上のアクセントであるほか、整流効果によって燃費向上にも大きく貢献しているという。

サイドやリアのデザインを見ると、複雑な面構成が印象的

 ちなみにデザインの印象であるが、停車時は“全長が短いのに横幅がワイド”という構成比からちょっと異形に見える。だが、走り出す姿を見ると印象が一変して、“かわいいのにかっこいい”不思議な感じがする。まるで「猟犬の子ども」のようだ。

 iQに乗り込み走り出すと、まず静粛性の高さを感じる。iQはフロント部が大きく切り詰められ、エンジンとドライバーの位置は極端に接近している。そのはずなのに静粛性のレベルは、コンパクトカーの平均を大きく超えている。

 「iQ では不快なノイズや振動の低減に特にこだわっていまして、Aセグメントのコンパクトカーでは常識外の静粛ボディを与えています。例えば、フロントの高遮音性ガラスは通常ならば高級車向けの装備ですし、ルーフライニングや衝撃吸収パッドの量も多い。さらに、iQはパワートレインからボディーに至るまで、すべてゼロから開発しましたので、静粛性の実現において最新のテクノロジーを使うことができました」(トヨタ自動車第1車両実験部第1振動実験室主査の杉原敏彦氏)

 かといって、走行性能が静粛性の犠牲になっているわけでもない。iQのコンセプト上、パワーを誇示するわけではないが、アクセルを踏めばスムーズに加速する。直線コースで時速100キロメートル以上を出せばコンパクトカーとは思えないほど安定感があり、中高速でのコーナリングはナチュラルで気持ちいい。走らせていて、とても高品質で伸びやかな感触を受けた。小さなクルマだが、速度が上がるほどにクルマがバーチャルに拡大していくかのような安心感がある。デザイン同様、iQは“走らせると印象が引き締まる”のだ。トヨタが「街乗りだけのシティコミューターとは違う」と強調するが、確かにこれなら高速道路の巡航も楽々こなすだろう。

 一方で、街中の利用を模した狭路走行コースでは、最小回転半径3.9メートルという“小回り”の性能を遺憾なく発揮。狭い道でもクイクイと曲がり、わずかなスペースでの車庫入れやUターンもこなす。しかし、iQは全長は驚異的に短いのに全幅は普通車並みというある意味トリッキーなサイズで、しかも最小回転半径はとても小さいので、初めての狭路走行コースでその動きに戸惑うこともあった。頭で想像する以上に「小回りが利きすぎる」ことにヒヤッとさせられたのだ。また、コンパクトカーなのに前後左右の見切りはそれほどよくない。逆説的だが、初めてiQに乗ったときは小回りのよさに慣れが必要かもしれない。

3メートル以下という極端に短い全長だが、車幅は普通車並み。しかし最小回転半径3.9メートルと小回りが“良すぎる”iQを運転する感覚は、初めてだと少々戸惑う

iQの“知性”は、市場に受け入れられるか

 ものすごく小さいのに、小ささを感じさせない。走りもデザインも、高品質である。iQは従来のクルマのヒエラルキーや価値観から、自由な位置にあるクルマだ。まったく新しい方向性を示すクルマなので、市場に理解されるのには時間がかかりそうだ。それはトヨタも理解しており、月間販売台数を大きく設定し「数多く売ることだけを優先した市場投入はしない」(前出の中嶋氏)という。かといって、iQをレクサスのように「プレミアムブランド」にする考えでもないという。

 「iQの価値を見いだし、ユーザーとその世界観を一緒に育てていきたい。時間をかけて、ユーザーとコミュニケーションしていく存在に(iQを)していきたいのです」(中嶋氏)

 小さく、合理的・効率的であるクルマにどれだけ多くの人が共感するのか。「iQのiは、『intelligence』を意識した」(前出の市橋氏)というが、新時代における知性を試されているのは、自動車メーカーだけでなく、ユーザーと自動車文化も同じくなのかもしれない。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.