グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。
※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年10月17日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。
「あまり代わり映えがしない」「中途半端」――。11月1日に新発売される「ニンテンドーDSi」。ネット上などでは、あまりいい評判は聞こえてこない。しかし、別の見方をすると、任天堂らしく、独自のポジショニングを取ろうという意図が感じられるのである。
DSシリーズとしては三代目となったDSi。正式発表前から、新機種に対する期待の声よりも、「どこが新しいのかよく分からない」というネガティブな反応がインターネット上で散見された。そして、10月2日の発表を受けても、「予想の範囲内」という反応が大勢を占めているようだ。
ニュースリリースからDS Liteとの比較を見てみよう。
・サイズの変更が目に付く
ほぼ同じ本体サイズながら厚さを2.6ミリ(約12%)薄型化
2つの液晶画面は3.0インチから3.25インチへと(面積比で約17%)拡大
「12%薄型化と17%画面拡大」と数値で示されると、それなりの改良感はあるが、実際の厚さや大きさを考えると、確かに微妙な変化でしかない。
・サイズを優先して切り捨てたものがある
ゲームボーイアドバンスソフト用スロットは、本体サイズを少しでも薄くするために「ニンテンドーDSi」からは削除とのことだ。そのため当然ながらゲームボーイアドバンス用ソフトがプレイ不可能なだけではなく、ゲームボーイアドバンスソフト用スロットを利用するニンテンドーDS用ソフトもプレイできませんということになる。
・新たに搭載された機能の目玉
30万画素のカメラ機能搭載
SDメモリーカードスロット
無線LAN環境下でインターネット閲覧が可能
こうした新機能にさえ、「今さら30万画素のカメラか?」「SDカードスロットつけて音楽が聴けるようになっても、DSの音源では厳しいのではないか?」「DSでわざわざネット見るのか?」というネガティブな声も多い。
任天堂は独自のゲーム機能を1つ切り捨て、カメラやSDカードスロットを搭載し、インターネットの閲覧ができるようにしたわけだ。それが何を意味するのか。
Garbagenews.comでは、「市場の第一印象は冷ややか〜任天堂、DS新型機「DSi」発表」との記事を掲載している。この記事の中に、任天堂の戦略を読み解く重要なキーワードが隠れている。
携帯電話や他のモバイル端末との差別化がつきにくくなっている。逆にいえば携帯電話に近づきつつあると表現してもよいとし、これは顧客のニーズに応える形で機能を追加していけば、結局似たような仕様のものが完成してしまうという、いわば「平行進化」の結果ではないかと思われる、と評している。
「平行進化」の本来の意味とは、Wikipediaによれば、生物の進化に関する現象の1つで、異なった種において、似通った方向の進化が見られる現象を指す。平行進化の結果が収束である場合もあるというもの。
記事中の指摘は、生物の世界ではなく、平行進化が「携帯端末」の世界で起きていることを示している。携帯電話も、ゲーム機も、音楽プレイヤーも、小型のPCも、今日では、ほぼ同じ機能を搭載し、カニバリゼーション(食い合い)を起こしているのは確かである。そして、DSiもまさにその渦中に参戦したとも考えられる。
カニバリによって奪い合うものは、物理的にはユーザーのポケットやカバンの中の一定の領域である。誰しもいくつもの端末を持ち歩きたくはない。機能がかぶってくれば、どれがユーザーの「オンリーワン端末」となるかという熾烈な争いが展開されることになる。
目に見えないものの奪い合いも重要だ。ユーザーの「時間」である。単機能同士であれば、ユーザーの目的によって端末毎にユーザーが使用時間を振り分けることになるが、ユーザーの求めるあらゆる機能が搭載されれば、全ての時間はその端末が占有することになる。
しかし、その戦いに参戦するように見えて、実際には任天堂は独自のポジションを獲得しようとしていると解釈できる。携帯、カメラ、テレビ、メール、辞書、音楽……。もはや一体どれが中心的な価値か分からないものが増えている中、「遊び」を明確な中心価値にすえ、カメラや音楽をそのツールとして位置付けているのだ。
NIKKEI NETの記事「任天堂、DSシリーズ第3弾「DSi」を発表・カメラや音楽にも遊び心」に岩田聡社長のコメントが掲載されている。
「カメラ機能を思い切り遊びの方向に振ったと考えてもらえばいい」と、30万画素のカメラの意味について述べている。撮影した映像に落書きができたり、自由に変形させたりと、そのまま保存するだけでなく、「遊びの素材としての写真を撮るためのカメラ」という位置付けが明確に示されているのだ。
音楽プレイヤー機能に関しても、「音を触って楽しむ道具としても宴会の一発芸としても使ってもらえる」>と、音の高さや再生スピードを自由に変えられるほか、歌声を「さんにんハーモニー」に変換するなどの特殊効果を付けられるという「遊びの要素」を強調している。
端末が平行進化し、カニバリはますます激しさを増すだろう。しかし、ゲーム機メーカーであるという自社のドメインから、「遊びの道具」というポジショニングで差別化と独自の生存領域を確保するという戦略の明確さは秀絶だ。
技術の高度化は容易に平行進化を招くのは確かだ。しかし、この任天堂の戦略には携帯端末だけでなく、他のカテゴリーでも学べるものが大きいのではないだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング