ニュース
» 2009年04月17日 15時30分 UPDATE

「映画は熱意で大きくなっていくもの」――滝田洋二郎監督、『おくりびと』を語る (3/3)

[堀内彰宏,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3       

人がのぞきたがらないところをのぞくという習性があるのが映画監督

ah_takitayo.jpg 『おくりびと』の滝田洋二郎監督

――公開まで13カ月かかったとおっしゃいましたが、公開までどのようなプロセスがあったのかをもう少し詳しくお聞かせください。

滝田 「死を背負っている映画というものが売りづらいものだった」「観客の反応が(読めなくて)うまく呼べるかどうか確信がなかった」ということがまずあると思います。ただ、その(公開までの)間に地道な試写会は続けていて、割と好意的な評価をいただいていました。

 あと不思議な経験といいますか、公開の目途も含めて、宣伝も進んでいないと一方的に私が思っていた時期、2008年7月から新作にかかったので、2008年5月〜6月だと思いますが、冗談で「この映画を米国のアカデミー賞に出せ」と皆さんに大声で直訴したことがあります。でも、まさか本当になるとは思いませんでした。

 また、2007年のアカデミー賞(授賞式)の時に米国に行っていて、友人のところでアカデミー(賞授賞式)を(テレビで)見ていたことがあります。僕の映画が公開されておらずイライラしていた時期で、「俺は来年米国のアカデミーに行くぞ」と(冗談で)言ったら、向こうの人は「イエーイ」と言ってくれましたが、「随分日本と反応は違うものだなあ」と思いました。

 結果的に(公開まで)13カ月かかりましたが、この映画を宣伝した人の熱意というものは確実に伝わったと思います。これは宣伝部以外もそうですが、「やっぱり映画というものは熱意でどんどん大きくなっていくものだなあ」と(感じ)、先ほど申し上げた「映画は生き物である」ということと同じことだと思っています。

――『おくりびと』を作ろうと思われた理由を教えてください。

滝田 映画を撮るきっかけというものはたくさんあると思います。「自分にないものをやってみたい」「こんな俳優とやってみたい」「いいギャラだからやってみたい」、いろんな方がいらっしゃると思います。

 僕の場合は、この企画の脚本を最初に読んだ時に、ものすごく読後感が良かったんですね。納棺師という職業そのものを本(原作の『納棺夫日記』)では知っていましたが、ちゃんと理解していませんでした。「こういう人を主人公にヌケヌケと映画を撮ってみたい」(と感じ)、「人がのぞきたがらないところをのぞくという習性があるのが映画監督だ」と思うので、そういう意味で強くひかれました。

――『おくりびと』は生と死を扱っていますが、監督なりの死生観をお聞かせください。

滝田 こういう映画を撮っている監督にも関わらず、僕の中にはまだ、確たる死生観というものはありません。というか、これは一生生きていて、見つかるものかどうかも怪しいものかもしれません。(『おくりびと』を撮ろうとした理由に)「そんな自分だからこそ、こういう世界をのぞきたくなった」ということはあります。また、「死を扱う題材に興味を持つという自分に興味を持った」ということもありますね。

 僕は50歳を過ぎましたが、僕の年代になると「死というものが、ポツポツと現れる」と言いますか、そういう場面に遭遇することが多くなります。あえて自分も目をそらしたりしていますが、(昔は)日本人は自宅で死んでいたわけで、死と隣り合わせ、近かったわけです。それをだんだんと遠ざけていった。「分かってはいるけどできるだけ触れたくないものだからこそ、自分は触れてみたい」(と感じ)、この映画でそういう面に触れてみたいと思いました。

――死という重いテーマを取り扱う中にも、所々にコミカルな面が入っているのですがそれはなぜですか?

滝田 僕は「生きていくことは滑稽(こっけい)なことだ」と実は思っています。「人が真面目に何かをやればやるほど、実は非常におかしくて、かわいいものである」と思って、映画を撮っています。また、どの人間もそうだと思うのですが、「自分のことは置いておいて、他人のちょっとした不幸は楽しいでしょう」という心理があると思います。悲しいことですが、人間は必ずそういう気持ちを持っているからこそ悩んだりもするわけです。ただ、そこがまた面白いということです。

 そして、この映画のタイトルや物語を耳にしたり、目にしたりした方は「すごく暗い映画だ」と想像されると思うのです。それを心地よく裏切りたかったのです。

――この映画では日本人も外国人も単に納棺師に関して感動したというだけではなく、もう1つの別のテーマ、すなわち「元々仕事を求めて都会に出てきた人たちが、職を失って田舎に帰る」というテーマにも感動したと思います。その現象は今世界中で起きていると思いますが、それについてはどう思われていますか?

滝田 どこの国もそうなのでしょうか? 特に日本においては、なぜか「東京へ、大都市へ」という傾向が昔からあります。しかし今、東京で職がなくて、地方へ行っても職がない方が切実です。

 今の話で面白い話を思い出しました。本木さんに納棺を指導された若い女性の話です。映画の入り口としての取材の興味は、納棺の実態を知りたいというほかに、(納棺師の)皆さま、特に若い女性に「なぜ、あなたは納棺師になったのですか」と聞きたいということがありました。

 彼女に聞くと、答えは「私は社員になりたかったのです。ただそれだけです」。(本当にそれだけなのかと思って)「それで、納棺師(になったの)ですね?」と念を押しましたが、「はい、仕事がない。社員に、ただただ社員になりたくて納棺師になりました。でも、もちろん今は納棺の仕事に誇りを持ってやっております」ということでした。これにはちょっとビックリしました。映画の話とも通じるのですが、「地方へ帰っても仕事がない。だから、納棺師でもどんな仕事でも選ばなければならない」という厳しい現実があると思います。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ

Digital Business Days

- PR -