弘兼憲史氏&青年漫画誌編集長が語る、漫画編集者の仕事とは劇的3時間SHOW(5/5 ページ)

» 2009年10月21日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3|4|5       

週刊連載は人間の能力を超えていること

『ビッグコミックオリジナル』公式Webサイト

弘兼 漫画家の中でもやりにくい人、表に出ない人とかいますよね。この間、不幸にして亡くなった臼井儀人さん(代表作『クレヨンしんちゃん』)はあまり表には出られなかったし、白土三平さん(代表作『カムイ伝』)も出られないですよね。

吉野 打ち合わせで全然しゃべらない人もいますよね。そういう時はしょうがないので、ずっと私がしゃべって、しゃべることがなくなったら1時間ぐらい沈黙して、それからまたぽろぽろしゃべり出すみたいなことをやったりします。そういう漫画家さんの場合、しゃべっていた内容が意外とネームに反映されたりするんですけどね。

弘兼 でも、そういう漫画家さんで売れている人っているんですか? あんまりいないのではないでしょうか。トキワ荘時代からずっと残っている方を見ると、みんな明るくてよくしゃべっていて人間関係を構築するのもうまいですよね。

 僕が編集者だったとして、Aくん、Bくんという2人の漫画家がいたとしますよね。Aくんは僕のアドバイスをよく聞いて、どんどん描き直してきたり、「飲みに行こう」と言ったら、気軽に応じて裸踊りの1つもやってくれる。一方、Bくんは何かと盾突いて、何を言っても「そうですか」としか言わなかったり、「飲みに行こう」と言っても、「僕は酒飲みませんから」と答えたりする。そこで誰かが原稿を落として枠が空いた時、実力は同じぐらいだったとしても、AくんとBくんのどちらに頼むかといったら、やっぱり僕だったらAくんに頼みますよ。とすると、Bくんは人間関係が下手なためにチャンスを逃しているということになりますよね。

古川 ただ、僕たちは性格が良いか悪いかということよりも、やはり作品がすべてですよね。人間なので感情はいろいろあります。「二度と付き合いたくないな」「うそばっかりつきやがって」と思っていても、面白い原稿があがってきたら「しょうがないなあ」と思うのが編集者じゃないのかなと思います。

弘兼 すごく売れているジャンプ系の作家で、連載の最後のころは鉛筆で書いたような作品が掲載されているものがありましたよね。あれって何で許すんですか? 俺が編集者だったら切りますよ。

吉野 でも、ファンがいると思うと、なかなかそういうことはできないんですよね。

古川 逆の場合もありますね。見せしめです。「漫画家としてこんなことになったら恥ずかしいだろう」ということで載せてしまう。そんなことを考えたのかもしれません。

弘兼 なるほど、でもあれは変だったなあ。買う方はどう思っているんでしょうか。今の人たちは、締め切りに間に合わなかったんだなぐらいは分かるでしょうが、そもそも「ちょっと売れているからといって甘やかしていいんだろうか」という感じもあります。

吉野 そうですね。『ビッグコミックオリジナル』には年配の読者も多いので、載っていないとか変な絵が載っているとかは割と通用しないんですね。載っていて当たり前、絵も整っていて当たり前のようなことがあって、それを裏切るのは編集としては非常に辛いです。「変な絵が載るぐらいだったら落とした方がいいや」ということもあります。

古川 ただ、1つだけ会場の皆さんに覚えておいていただきたいのですが、週刊誌に連載するということは、実は人間の能力を超えるくらいの大変さがあるんです。弘兼さんのところでもアシスタントが何人いて、どういう形でどう描くというシステムを構築してやっと描いているのですが、そういうシステムがない新人なんかだと1〜2年で1回は体を壊しますよね。

 「何で毎週載らないんだ」というはがきが読者から来るのですが、遊んでいて原稿を落としたということではなくて、毎週描くというのは人間の能力を超える作業であるから落としてしまうんだと僕は思います。

弘兼 僕は『モーニング』で『社長島耕作』を3週やって1週は休んでいるんですね。すると、読者の方から「弘兼は休みすぎだ」とか「サボるな」とかバンバンはがきが来るんです。でも、サボっているわけではなくて、その週はイブニングで『ヤング島耕作』をやっているんですね。だから、「自分はキャパシティいっぱいいっぱいでやっているんだ」と誰か説明してくれと思います。

古川 こういうところではしゃべれるのですが、誌面で「分かってください」と書くことはできませんからね。

弘兼 本当に忙しいんです。一年中、土日にも休みは1日もありません。休みがあるのは年末年始の数日ぐらいで、箱根駅伝の復路(1月3日)を見たら午後から仕事に入るくらい大変なんです。睡眠時間は今4〜5時間くらいで、6時間寝ることはまずないし、お風呂も15分くらいです。

古川 弘兼さんは4〜5時間とおっしゃっていますが、まとめて寝ているところは見たことがないです。15分くらいの細かい睡眠を足していって4〜5時間です。弘兼さんと同年代にかわぐちかいじ先生(代表作『沈黙の艦隊』『ジパング』)がいらっしゃいますが、この2人はずっと仕事をしていますね。

 2人とも共通しているのは、すぐ寝れることです。(弘兼氏の妻の)柴門ふみさんからは、弘兼さんが「ただいま」と言って家に入って廊下でバタンと倒れてそのまま寝ていたということが何回もあったと聞いています。

弘兼 時々、睡眠薬を服用することがあるのですが、お酒と一緒に飲んでいると、途中でひっくりかえるんです。だからこの間、気がついたらテーブルの下に倒れていて、コップは割れているわ、さしみは飛び散っているわで、家族誰も気が付かなかったので、起きて自分で一生懸命ふきましたね。ただ、この前中川昭一さんが亡くなった時に、睡眠薬とお酒の同時服用が原因という説があったので、あれ以来やめました。すごく反省しました。

古川 読者からは「なるべく毎週やってほしい」という要望があるのですが、それぐらい本当に過酷な状況なんですね。


 次回は3人の対談で語られた、売れる漫画の作り方などの内容を紹介する。

 →次回に続く

前のページへ 1|2|3|4|5       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.