金融庁の「国際会計基準(IFRS)に関する誤解」を誤解しない

» 2010年04月28日 08時00分 公開
[野口由美子,INSIGHT NOW!]
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野口由美子(のぐち・ゆみこ)

イージフ取締役。公認会計士。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業後、あずさ監査法人に入所。主に国内企業や外資系企業に対する日本基準及び米基準での監査業務を行うとともに、米SOX法対応コンサルティング業務を行う。その後、投資会社に入社し、会計・監査知識をもとに、M&A業務、投資先管理業務の分野において活躍する。


 2010年4月、金融庁から「国際会計基準(IFRS)に関する誤解」という文書が公表されました。「国際会計基準について誤解を招く情報が流布している」という指摘が多かったため、よくある事例を取り上げて、正しい理解をうながそうとしています。

 以前、内部統制報告制度(J-SOX)が導入される時にも情報が錯綜し、対応する企業で混乱が生じ、金融庁は似たような文書を公表したことがありました。この時は「文書の公表が遅かった」という批判があり、今回は早めの対応を行なったというところでしょう。

 内容を見てみると、全般的事項として「ITシステムの全面的な見直しが必要か」「社内の人材のみではIFRSに対応できないのではないか」「監査が厳しくなるのではないか」といった「誤解」が取り上げられています。

 どの「誤解」についても金融庁は「NO」と答えています。システムは必要な範囲で改修を行えばいいのだし、人材も社内で研修や検討を進めることで体制を整えることも可能です。監査についても会計処理の考え方を自ら説明することが重要なのであって厳しくなるわけではないということになります。

 確かにその通りです。国際会計基準が導入されるからといって業務もシステムも監査もすべてがまったく変わってしまうということではありません。しかし、何も変わらないということは絶対にありません。具体的には何が変わるのでしょうか。個別的事項を見てみましょう。

何が変わるのか

 個別的事項として挙げられているものをいくつか例示すると、「売上計上基準に出荷基準や工事進行基準が適用できなくなるのではないか」「減価償却方法は定率法が使えなくなるのではないか」といったものがあります。これらは変わるとしたら影響が大きいところです。

 金融庁の説明では売上の出荷基準も減価償却の定率法も国際会計基準で禁止されているわけではなく、基準のプリンシプル(原則)に照らして判断する、ということになっています。つまり、何を変えるのかは企業が自分で判断しなければならないのです。誤解は解かれましたが、誤解がなくなって一安心、ではなく、実は非常に難しい問題に直面していることが分かります。

 日本の会計基準は細則があったので、「基準のここに従う、実務指針のこの規定を使う」ということで会計処理は決まっていましたが、国際会計基準ではそうはいきません。「企業の実態を理解して、プリンシプルに照らして判断する」ことが必要なのです。

 日本の会計基準は基準そのものだけでなく、実務指針がたくさん用意され、それらには日本の慣行や実務への配慮がうまく織り込まれているので、プリンシプルに照らしていちいち判断するという余地は少なく使い勝手が良かったと思います。しかし、国際会計基準は非常にシンプルで、そういう行き届いた配慮はありません。適用には専門的な判断を必要とします。

 確かに国際会計基準が導入されるからといってシステムを入れ替えなくてはならないということはなく、高いコンサルティングを入れたり、大手の監査法人に監査人を変更したりすることも必須ではありません。

 しかし、国際会計基準を適用することは原則主義の会計基準の導入であり今まで経験したことのないことに自分たちが直面することになります。用意周到であるには越したことがありません。いろいろな情報がありますが、今回の金融庁の文書も含めて「誤解」することなく、国際会計基準への理解を深めていくことが重要です。(野口由美子)

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