伝説の“呼び屋”は何を交渉してきたのか――ドクターKこと、北谷賢司35.8歳の時間(4/6 ページ)

» 2010年05月14日 08時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

 なぜ彼らは強引な交渉を行うかというと、交渉内容をきちんと理解していないから。私は幸いにも大学院生のときに、米国のテレビ局で働いた経験があったので「スポーツ中継などで絶対に必要なもの」を理解していました。交渉というのは長時間にわたって神経を使うので、どこかで抑揚をつけたいもの。あまり経験がない人は一直線に交渉をまとめようとする傾向がありますが、ゆずれる部分にポイントを絞って交渉をすると、相手も「こいつは分かっているな」と思ってくれるのではないでしょうか。

 また他社の交渉役は現地の駐在員のような米国での生活が腰かけ的な人が多かった。一方の私は現地の大学教授という肩書があったので、相手から信用されていたのかもしれません。さらに後楽園スタヂアムが1988年3月にマイク・タイソン戦を実現させていたことも、大きなアドバンテージになりましたね。

 後楽園スタヂアムがNFL招へいの権利を手にしたあと、少し面白いことがありました。それまで争奪戦を繰り広げてきた大手広告代理店やテレビ局、新聞社などが、手のひらを返すように「一緒にやらせてもらえませんか」と言ってきたのです。当初、私たちのことを「スタジアム専属のプロモーターが業界の秩序を乱している」という批判もありました。しかし私はNFLを招へいさせたことで、それまで「できない」と思い込んできた人たちを助け、「できて当たり前」と考えていた人を負かしたことに対し、達成感に浸っていました。

プロモーターという仕事

ライオネル・リッチー(左)と食事を楽しむ

 プロモーターの仕事の面白さは、“成功した”“失敗した”という結果がすぐに分かること。読みが甘ければ失敗しますし、逆に当たればビッグマネーを手にすることができます。例えばJリーグ創世記のときに、南米のサッカーチームを招へいしました。1日に2試合行い、2億円ほどもうけたことがありました。試合時間でいうと3時間で2億円という計算になりますが、こんな仕事はなかなかないでしょう。

 一方、この仕事をしていて辛いことは、外国人と日本人の要求の板ばさみになってしまうこと。プロモーターの仕事を長くやっていると、相手の気持ちがよく分かってくる。それでも立場上、強引にねじ込まなくてはいけないときがあり、その結果交渉がうまく進まなかったということがありましたね。

 少し荒っぽい言い方になりますが、私はこのように考えています。「外国人のイヌになって、日本人をだますほど簡単なことはない」「交渉の場において、日本人はカモになりやすい」と。もし私が外国人のイヌになっていれば、ビッグマネーを手にしていたかもしれません。しかし私は日本人としてのプライドを持ち、彼らと交渉してきました。それが最終的にはお互いの「信頼」にもつながると思っていたからです。決して簡単な道のりではありませんでしたが、お金には変えられない達成感がありましたね。

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