なぜ待機児童は減らないのか?――JPホールディングスが保育事業に参入した理由嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(4/6 ページ)

» 2011年01月14日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

社長業のかたわら大学院で児童学を学ぶ

 ここまで述べてきた日本の保育業界をめぐるさまざまな問題を踏まえ、山口さんが打ち出した経営方針が利用者目線に立ったものになったことは言うまでもないだろう。

 「保育のお手本を作り、日本の保育のあり方を変革したいと考えています」

 その言葉を裏付けるように、山口さんは深夜までの延長保育や一時保育、あるいは休日保育、さらには年中無休を実現するなど、社会的ニーズや地域特性に対応したサービスを提供しているようだ。

 しかし、保育事業の難しさはそうした経営者的視点と同時に、教育者としての専門的視点がなければいけない点にもあるのではないだろうか。

 「そうなんです。私は当初、経営者的視点から事業に取り組んでいたのですが、保育士など部下たちから、保育に関する専門的視点に立った主張をされると反論できなかったのです(笑)。そんな自分自身を猛省し、43歳にして大学院に入学して、2006年には児童学の博士課程(前期)まで修了しました」

 そうした努力のたまものからか、山口さんの提供する教育サービスは、子どものいない筆者から見ても興味深い内容となっている。いくつか例を挙げてみよう。

 就学前の年齢の子どもたちの場合、発達段階に差があることは決して珍しくはない。しかし、発達が遅れぎみの子どもを持つ保護者の不安や悩みは深い。そこで山口さんは、そんな子どもやその保護者のために、臨床心理学や教育学の専門家6人による発達支援チームを編成して、全国の保育園を巡回して彼らのケアに当たらせているという。

 またアレルギー対策として、JPホールディングスでは保育園設置に先立っての土壌調査、周辺環境調査を徹底しているという。それに加えて、施設内での空気の滞留が感染症の原因になるということで、地下100メートルの地熱エネルギーを活用し、園内に絶えず新鮮な超微風が流れ続けるシステムを導入している。

 さらには、和式トイレ育や箸育を始め、保護者家庭と一体となったしつけの実践にも取り組んでいる。そして何より力を入れているのが、食や食育へのこだわりである。

「給食のトラウマ」が生んだ食育

 「私は小学生のころ、給食が大嫌いだったんです。まずくて、まずくて、毎日、食べずに捨てていました。卒業文集のテーマも『給食』でした(笑)。中学校に入って一番うれしかったことは、もう給食を食べなくて済むことでした。

 そんな私ですから、保育園の給食には徹底的にこだわっています。舌の肥えた大人から見ても、“見た目に美しく味も絶品”と言える給食を実現していると自負しています」

 JPホールディングスでは2009年から食育専門指導員を招聘して、保育園の園庭や近隣農地で野菜などの種まきから栽培・収穫・調理までの計画立案を行う農業食育プロジェクトをスタートさせた。園児が指導員と一体となって畑仕事をし、それを給食で食べるのである。

 「米については秋田の生産農家と直接契約して、あきたこまち100%のノンブレンド米を使用しています。そうした農家での稲刈りには私を含めた社員たちが参加し、精米した翌日には全国の弊社施設に送っています。トレーサビリティという点では完璧です」

園児も畑仕事を手伝う

 給食を含め、園内で使用する水にもこだわり、高純度の軟水(ハワイアン・ウォーター)だけを使っているという。

 「調理に関しては管理栄養士たちがいくつかのチームを作っていて、地産地消を原則にして、和洋中などさまざまなメニューをチーム単位の回り持ちで作っていくようにしています。『今度はどんなおいしい料理で子どもたちを喜ばせてあげようか』と、みんなで味覚を鍛えながら調理の技術やセンスを磨いて、一生懸命、新しいメニューを作り出すんです」

 そこには「未就学児童にはタコさんウインナーでも食べさせておけばよい」「栄養バランスさえ考えておけば味はそこそこで十分」という子どもを見くびった姿勢はない。

保育園での食事の様子

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