アニメで“お金”と“未来”の話を描く――ノイタミナ『C』中村健治監督インタビュー(2/4 ページ)

» 2011年04月14日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

元カリスマ・トレーダーやNPO系銀行の運営者を取材

――どういう分野の人たちを取材しましたか?

中村 会計から金融、政治家、中央銀行にいた人から大学の先生まで幅広いです。今の金融の仕組みの中である程度成功している人を取材した一方、政府にも企業にも属さずNPOで活動されている方にもお会いしました。「人によって意見がこんなに違うんだ」と愕然としましたね。同じ人から何回もお話を聞いたりもしましたが、2010年2月から8月ころまでに全部で20回以上取材しています。

 まずは経済の専門誌の編集者の方に取材させていただきました。その時、「この世界にすべてを知っているエコノミストはいない」とはっきり言われたんですね。経済というのはプロ野球の優勝チームを予想するようなもので、たまたま今年当てた人が正しいと言われるだけで、来年は誰が当てるか分からない。もちろん1人1人は専門知識を持つプロなのですが、野球の解説者みたいなもので、取材を重ね、分析したデータを元に「俺だったらこうする」「ここであいつ投入だろう」という意見が語られているという事なんですね。

 専門家のレベルでは、数学などいろんな領域が絡んできます。ただ、最終的には人間が関わっていることなので、心理や複雑に絡み合う事象があり、結局、完璧には予想できないんです。当たり前なのですが、「化学の実験みたいに、環境を整えたら毎回同じ結果が出るということではない、ということなんだ」と分かりました。「おいしい経済のお話みたいな作品は作れないんだな」ということを理解するまでに時間がかかってしまいました(笑)。

 この最初の取材が縁で、東洋経済新報社の大坂直樹副編集長には、後にアニメの監修としてアドバイスをいただくことになります。

 それから、元・外資系銀行のカリスマ・トレーダーで、僕らからすれば天文学的なお金を動かして稼いだ著名な方にもお話をうかがいました。行ったら、とても良くしていただいて。「お前ら上がれ」と言われて、「すみません」みたいな感じで入ると開口一番「それでお前ら、何が聞きたいんだ」と尋ねられて。「ああ、すみません。初歩の初歩からお願いします」と答えたら、「何だと。ちょっとお前らお茶でも飲んでろ」と言われ、待っていると著作をバーッと並べられて、「まず、これをやる。読んでから来い」と(苦笑)。

 そこからのスタートでしたが、為替の話や米国で経験した話などを聞きました。投資銀行のトップ数%の人たちがどんな話し合いをして、数兆円のお金を動かしていたかという話、巨額のお金を動かすことがどれだけ精神的なプレッシャーとなるかという話などがあって面白かったですね。

 金融大国である米国の姿についても、世間ではいろいろ批判はありますが、「そうは言っても、世界がそういうルールなんだから。そんな甘っちょろいこと言っていたらやられてしまう。批判するのはまずは強くなってからだ。相手が持っている武器を使いこなさずして、対等の話はできない。今の日本はいいようにやられている」と仰っていました。今の日本の姿が悔しくて仕方がないらしくて、「俺にやらせろ!」と言っていました(笑)。

『C』

 一方、NPOの方では、未来バンク事業組合を運営している方にお話をうかがいました。

 未来バンクをはじめとしたNPO銀行では、環境系の取り組みへの融資を行っています。例えば、日本の家庭の中でも古い冷蔵庫はかなり電気を使っているんですね。そこで、冷蔵庫を買い替えるためのお金を融資して、地元の電器屋で新しい冷蔵庫を買ってもらうといったことをしています。冷蔵庫はここ10年くらいで電力使用量がかなり少なくなっているので、買い替えると電気代がかなり減るんです。未来バンクはその浮いた電気代から、ローンを返してもらうようにしています。

 この仕組みだと、ローンを背負っていても毎月の返済額は電気代の差額分なので、それまでの生活と変わりません。しかも、電気の使用量が減ってエコにつながる。さらにローンを返し終わったら、毎月返済していた分で孫に何か買ってあげたり、貯金したりすることができるということです。彼らは「誰かから何かを奪うのではなくて、みんながハッピーになるようなことをやっていきたい」と言っていました。

 彼らは「1つのアクションで3つくらい解決しないとダメだ」と言っているんですね。つまり、お金を融資して、冷蔵庫が売れるということは電器屋も潤うんです。そして、電気使用量が減って、CO2の排出量が減るので省エネにもなる。しかも、融資した方も利息(年利3%)でもうかると。

 ただ、今はまだNPO系の銀行は正規に銀行とは認められていないので、消費者金融からお金を借りたように扱われてしまう。キャッシュカードが作れなくなってしまったりするんですね。それで、鳩山由紀夫首相の時にそうならないように政策を提案していたそうです。だけど賛同してくれていた鳩山さん自身が辞任してしまって。どうしようという時に僕らが取材したというところです。「何とかなればいいですね」と言って、お別れしたのですが。

 例に挙げたトレーダーの方とNPOで活躍している方、全く方向性が違っていて、お互いの意見は相容れないものだと思います。でも、どの方も「日本の社会を良くしていこう」という気持ちにあふれていて僕らの気持ちはとても明るくなりました。「知識や才能があり、世の中に貢献しようとする、こんなすばらしい人たちがたくさんいる」ということにとても感動したんです。腕を磨いて自分の出番を待っている人がゴロゴロいると。

 一方、意見の違う方々が面白いように共通しておっしゃっていたのが、日本人は「選択をしていない」ということです。これからの国の姿として「安全で平穏で幸せだけど、貧乏な生活」と「エキサイティングで激しくて社会的に混乱は大きいけど、マッチョでリッチな生活」のどちらかの方向を選ばなければならないのにもどちらも選んでいない。

 本来は、世界の現状を分かっている人たちがみんなに知らせて、「こっちの方向に行かないとダメだ」と導いていかないといけないのに、みんなあまりに目先のことばかり追いかけている。「遠い未来を示し、国民に選択を迫る政治家やリーダーがいない」と嘆いていらっしゃいました。

 要は「これからの未来に中道はない」ということなんですね。中道を選んでいると中途半端に滅んでいくしかなくて、どちらかの生き方を選択しないとダメだと。それを選ぶためのリミットが近付いていて、「未来の世界を今からデザインしないと間に合わない」ということです。

 何人もの方からお話をうかがって感じたのは、みなさん社会を良くするために「これができれば本望で、死んでもいい」くらいの覚悟が漂っていて、「人間としてすごいな」と思いました。そういうお話を聞いている中で、「『C』でもこれがひょっとしたら本当のテーマになっていくのかな」という気がしました。

 また、僕たちの身の回りを見ても、「今、3〜5歳くらいの子どもたちが20〜30年後、僕たちより幸せになれているような気がまったくしないのは何でなんだろう」という気持ちもあったんですね。僕たちの親世代は70代に入りつつあるのですが、「子ども世代に迷惑をかけたくない」という意志を感じます。

 『C』をやり始めるまでは、世の中にこういう空気があることはあまり考えていませんでした。僕らはしょせん二次元の世界にいますし、アニメは道化のようなもので、ファンタジーとして人を楽しませるのがウリです。だから、現実世界とつながるよりは、ちょっと離れているからこそ魅力があるものなんです。

 取材でこんなお話をうかがいました。「欧州の山はみんなはげ山になってしまったのに、どうして日本の山はこんなに青々としているのか分かる?」と。森が育つには200〜300年かかりますよね。それは江戸時代くらいの方々が、自分たちが使うために切った分、新しく植えているからです。自分たちの世代には使えないのに。「未来の誰かのために、自分は得にならないけど何かをパスしていくという文化をもう1回思い出さないといけない」ということです。「それなのに僕たちは、先輩からもらった木は切りまくり、資源は使いまくり、財政的にも未来にツケを残しまくっている、こんなのでいいのかねえ」と。

 この問いは僕の中で大きなものになりました。今、これだけ1人1人が日々生きることだけでも大変で不安な時代ですが、なぜ誰かに手を差し伸べるのか、見たこともない人に何かをあげようと思えるのか、ということです。それがどうやったらドラマになるんだろうという感覚から、『C』は多分構成されているはずです(笑)。

 そんなわけで、“金融街”という異世界でバトルをするという『C』の物語は現実世界と離れているようでいて、実はこっそりつながっているというところがミソです。こういう目的を果たせる作品が作れたら、日本で映像メディアの果たせる役割の幅ももう少し広がるのではないか、というのが今、作っている実感です。

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