会社が大きくなって、手にしたモノ、失ったモノ新連載・佐々木俊尚×松井博 グローバル化と幸福の怪しい関係(1/5 ページ)

» 2012年09月03日 09時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

 少子・高齢化に歯止めがかからない日本市場は、「縮小していくのみ」「よくて横ばい」といった見方が強い。企業は沈みゆく市場から抜け出し、グローバル化の中で新たな“財宝”を手にしようとしている。製造拠点を海外に移転したり、海外との取引を増やしたり、社内公用語を英語にしたり――。

 こうした一連の動きによって、私たちの働き方はどのように変化していくのだろうか。また企業が巨大化すれば、私たちの生活は充実するのだろうか。この問題について、ITやメディア事情に詳しいジャーナリストの佐々木俊尚さんと、アップルのどん底時代と黄金時代を経験した松井博さんが徹底的に語り合った。全9回でお送りする。

2人のプロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立し、IT・メディア分野を中心に取材・執筆している。『「当事者」の時代』(光文社新書)『キュレーションの時代』(ちくま新書)『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー21)など著書多数。総務省情報通信審議会新事業創出戦略委員会委員、情報通信白書編集委員。

松井博(まつい・ひろし)

神奈川県出身。沖電気工業株式会社、アップルジャパン株式会社を経て、2002年に米国アップル本社の開発本部に移籍。iPodやマッキントッシュなどのハードウエア製品の品質保証部のシニアマネージャーとして勤務。2009年に同社退職。ブログ「まつひろのガレージライフ」が好評を博し、著書『僕がアップルで学んだこと』(アスキー新書)を出版。現在は2冊目の『私設帝国の時代』(仮題)を執筆中。twitterアカウントは「@Matsuhiro


グローバル化の問題点

松井博さん

松井:僕は16年間、アップルで働いていました。アップルはいわゆる“グローバル企業”だと思うのですが、かつてはカルトに支持されるマニアのための中小企業のような感じでしたね。

 その頃もいろんなモノをつくって、いろんな国で売っていましたが、「たくさん儲けよう」という強い意思がありませんでした。

佐々木:どのようなタイミングで、会社は変わっていったのですか?

松井:「グローバル化してきたな」と感じたのは2004〜2005年くらいからでしょうか。iPodが成功し、会社の雰囲気がものすごく変化しました。もちろん雰囲気だけでなく、製造を全面的に中国に移したりしました。それまではカリフォルニア州のサクラメントというクルマで2時間ぐらいの所に工場があったのですが、なまじ近くに工場があるため、けっこういい加減でもなんとかなっていたんです。

 ところがiPodがたくさん売れたので、製造工程も大規模化としなければいけなくなったのです。例えばサクラメントで試作品を数十台作っても、実際に中国で数千万台作ったときの製造工程の検証はできません。じゃあ、どうしたらいいんだろう? ということになって「製造工程の検証も含め、すべて中国でやらなければ」という感じになりました。本番と同じラインで試作品を数百台作り、生産行程もきちんと検証ができるといった体制を構築しました。

 生産は中国に移っていったわけですが、アップルの中で働いていると、なかなか中国のことが見えてこないんですよ。例えば、現地での労働問題などは、かえって会社を辞めてからのほうが、興味が湧いてきました。

 2008年のリーマンショックを受け、「米国の中間層が没落している」といったことが問題になりました。「アップルは米国内で製造しろ!」といった圧力があったのですが、戻すことはできないんですよ。そこにはコスト的な問題もあるのですが、中国のほうが生産体制が柔軟で、かつしっかりしているから。企業のグローバル化は確実に進んでいるのですが、その一方で問題も多いですよね。

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