フランスの列車事故は他人事でない――日本にも警鐘を鳴らしている杉山淳一の時事日想(5/6 ページ)

» 2013年07月19日 06時01分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

フランスでは「上下分離」施策にねじれが起きている

 前述のなかで、「おや?」と気付いた人もいるだろう。フランスの列車事故の報道で、2つの当事者が出てくる。事故を起こした「フランス国鉄(SNCF)」と、線路敷設や維持管理を担当する「フランス鉄道網」である。フランス鉄道網は正しくは「フランス鉄道線路事業公社」と訳すべきで、略称はRFFだ。

 フランスでは1997年に国鉄改革が行われた。線路設備は新たに作られたRFFの所有とし、SNCFは幹線の列車運行を担当する。地方の列車運行はまた別のTERという別の組織がある。ただしTERは国の補助金制度を受けるための制度で、利用者から見ればSNCFが全列車を運行しているように見える。

 つまり、フランスの鉄道は上下分離施策が取られている。これはヨーロッパ共同体の基本方針に沿ったものだ。EU各国の鉄道において、線路管理会社と列車運行会社が分離されると、国際列車の運行にさまざまな企業が参入しやすくなる。つまり、EU全体で列車運行の規制緩和が行われた。

フランスの鉄道における上下分離の仕組み

 フランスの場合は、上下分離の際に旧フランス国鉄の長期債務をRFFに移管した。SNCFは資金面で自由度が高くなり、国際高速列車TGVの競争力を高めた。一方、RFFは線路を保有した形となり、SNCFなど列車運行会社から線路使用料を得て長期債務の整理に当たる。ところが、実際の鉄道運営のノウハウはSNCFにあり、線路保守の経験がない。そこで、線路の保有はするけれど、線路の保守管理はSNCFに委託するという形を取っている。

 つまり、上下分離はしたとはいえ、鉄道全体の運営はやっぱりSNCFの手による。ただし、上下分離前のSNCFと違って、線路使用料をRFFに支払い、その一部を線路保守管理料として戻してもらう形になった。

 RFFは旧SNCFの債務を返済しなくてはいけない。ところが売り上げはSNCFや他国から乗り入れる列車からの線路使用料しかない。したがって、SNCFへ支払う線路保守委託料は限定される。SNCFは、その限られた予算の範囲内で保守点検を実施する。つまり、線路保守費用に限界があるというわけだ。この枠組みが老朽化した線路の保守を不十分にした可能性がある。

 ここで、RFFとSNCFの発言をもう一度見てみよう。線路を保有しているRFFは「老朽化は安全性に影響しない」という。「保守はSNCFに委託しているから、SNCFの責任ですよ」と暗示しているわけだ。そして線路を保有していないSNCFが保守の不具合を認めている。上下分離のねじれが起きている。

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