吉岡: それは……(笑)。あと「本を全部読まなきゃ」と思うのをやめました。半分読んでこの本はもう終わり、とか、ここの章だけでよし、とか。最後まで読み終わらなくても罪じゃないと、最近は自分に言い聞かせるようにしています。
池上: それでいいですよね。これは多くの人が陥るワナで、「買ったら最後まで読まないともったいない」と思ってしまうんですよね。昔はやっぱり私も最後まで読んでいたけど、でもつまらない本を最後まで読む時間の方がもったいないんですよね、本当は。そんな本はさっさと捨てて、次を読んだ方がよほどいいですよ。
――次に、いかにして自分の仕事を面白くしたらいいかというテーマでお伺いしたいと思います。読者の中にも、今の仕事が面白くないと感じている人も多いと思うのですが、どうやったら面白くできますか?
吉岡: これは私の母が言っていたことなのですが……。「どんな仕事でも、必ずそこに専門家がいる。専門家がいるということは、やりがいがある面白い仕事だということ。だからあなたが面白くないと思うなら、それはまだ面白さが見つけられていないということです。もしつまらない仕事だから辞めようと思っても、何でもいいから面白さが1つでも見つかるまでは頑張りなさい」と。よくそう言われていたので、学生時代から新しいバイトをするたびに、最初はよく分からなくても、面白さが分かるまでは辞めないと思ってやっていました。そうすると不思議なもので、だいたいの仕事が面白くなっていくんですよね。
池上: 素晴らしいお母さんですね。私もNHKの記者時代、もちろん面白くない仕事はありましたが、やらなきゃいけないですからね。じゃあそんな仕事が面白くなってくるのはどういう時かというと、やはり良い結果が出せたり、ライバル(他社)を出し抜いたりした時なんですよね。つまり仕事を面白くするためには、常に自分が成果を挙げるための方法を考えるしかない。
私が地方で警察回りをしていた新人の頃、記者は毎日毎日あちこちの警察署に行って、「今日は何か事件や事故はありませんか」って聞いて回るんですよ。私は他社が知らないネタが欲しい。でも警察は新人記者に特別に情報を教える理由がないわけです。「ないよ」でおしまい。先輩記者から、「御用聞きになるな」と言われていたけど、どうしたらいいのか分からない。
それで悩んでいたときに、トヨタの自動車販売のセールス全国1位の人の本を読んだんです。彼がしていたのは、お客さんと親しくなって、自分を信頼してもらうこと。車を1台売って終わりではなくて、そのお客とずっと仲のよい付き合いを続ける。そうすると数年後に車検で車を買い換えようというときにお客は迷わず、「あなたにお願いするわ」と言う。トヨタの車が欲しいのではなく、あなたから買いたいと。さらに親戚や友達を紹介されて、顧客開拓する必要がないぐらい忙しくなる。トヨタのトップセールスマンは、自動車を売るんじゃなく、自分を売っていたんですね。
吉岡: それを記者の仕事に置き換えると、「池上さんになら信用して話すよ」という人間関係をどれだけ作れるか、ということになりますね。
池上: そういうことです。それで私は、自分を売り込もうと考えた。それまで「NHKの池上ですが」と名乗ればもちろん丁寧に扱ってくれましたが、しょせん「NHKの記者」以上にはなれない。そこで私は「池上です」とだけ名乗って警察回りをすることにしたんです。すると徐々に警察官の私への認識が「NHKの記者」から「池上」に変わっていきました。
マスコミには警戒電話というのがあって、毎日自分で足を運べない警察には電話するんですね。広島県の呉通信部にいた時、瀬戸内海の島々の警察には当然毎日行けないから、電話をかけて事件がないか聞くんです。するとだいたい交換手のおばちゃんが出るんですが、毎日朝晩電話をかけているから、「もしもし」の声だけで池上だと分かってくれるようになる。それでその日はその島で何もなくても、交換手のおばちゃんがこっそり「お隣の無線が賑やかみたいよ」と教えてくれるんです。もちろん交換手が警察の情報を漏らしたらいけないですが、「お隣の無線が賑やか」と言っただけで、別に何も秘密は漏らしていないでしょ。それで隣の島の警察署にすぐに電話して、「池上ですが、何かありましたか」と聞くんです。
吉岡: 自分の名前で仕事ができる人というのはきっと、どの業界においてもすごく強いですよね。
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