一方のアンドロゲンはもともと生体内に存在するが、WADAでは外部からの人工的な投与は「筋肉増量を助けるステロイド性薬物」として禁止されており、その副作用として体重増加やがん細胞の誘発、ホルモンバランスの崩壊などさまざまな障害を引き起こす危険性がある。しかしながら、このアンドロゲンとマステロンを組み合わせた“ダブルインカム(2種類の摂取)”は短期間で苦しむことなく飛躍的なパフォーマンス向上が望めることから業界内では「MMAファイターの間で影ながら非常に人気が高い」ともっぱらだ。
そして言うまでもなく、ステロイド性薬物は他にも無数の種類と摂取方法があって、カネに目がくらんだ医療業者たちの間では今でも水面下で検査に引っかからないための薬物実験が繰り返されている。
そういう意味でもUFCが各州アスレチックスコミッションだけでなく、第三者機関を使ってのランダムな検査を行うことを決めたのは大英断ではあるが、少々遅かった感も否めない。これまでも選手間や関係者からは幾度となく禁止薬物に関する厳格な検査と違反者に対する厳罰化を求める声がUFCに対して繰り返し出ていたからだ。現在長期休養中の人気選手で日本でもお馴染みの元UFC世界ウェルター級王者ジョルジュ・サンピエールも、その1人である。
昨年12月にサンピエールは同王座の返上と長期休養を表明。その理由の1つとして「自身の薬物検査への取り組みをUFCが支援してくれなかったこと」を地元のカナダ・モントリオールのメディアに明かしている。
「僕は、このMMAというスポーツの発展のために身を捧げる覚悟を持っている。だから周りの人が信じようが信じまいが、僕はこれまで一度もドラッグを使ったことはないと断言できる。ウソ発見器で調べられても構わない。僕は厳格なドーピング検査を行うことに大賛成だ。
でも今の流れはよくないし、愚かで馬鹿げた方向に進んでいる。このスポーツに変化をもたらそうと思って努力してきたのに、MMAの世界の中にはそう思わない人もいる。選手が薬物検査に失格してしまうと、大金を失うことになると感じている輩がいるということなのだろう。
そしてダークサイドの部分に目をつぶり、このスポーツのイメージだけを守りたいという人間もいる。厳格な検査をスタートしたら、大勢の人が捕まってしまうからだ。選手や関係者の具体名を挙げて糾弾をすることはしないが、もしそれをすれば、このスポーツのイメージは確実に大きく下がることになる。忘れないでほしいが、僕は内部情報を持っている。僕はこの世界に生きるアスリートだ。何が起きているのかは知っている。そして……そのことに心底がっかりしているんだ」
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