「S660」はホンダの問題を解決できない池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2015年07月06日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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良いものなら売れる?

 ホンダは、北米向けのDセグセダンやSUV、日本国内向けのミニバン、欧州向けのプレミアムBセグメント、アジア向けの安価なBセグメント、これらを全部並行して進めなくてはならないのだ。

 そいういう局面で、ホンダはS660をリリースし、NSXも発売カウントダウン中だ。確かにF1イメージのホンダにスポーツモデルは相応しいし、国内のホンダファンは喝采を送るだろう。筆者も嬉しくないわけではない。特にS660のデキの良さに贈られる賛美はしばらく聞いたことがないレベルだ。ただし、それは現在ホンダが直面している各エリアでの問題の解決にどう役立つのかが分からない。

ビートの再来を期待されてデビューしたS660。廉価グレードでも200万円。限定車では何と240万円というプライスタグを下げて登場した。エンジニアリング内容からみれば、それでも安いが、軽自動車の常識からすれば驚異的な高価格だ。その走りは絶賛を浴びているが、商品として長期継続していかれるかどうかが問題だ ビートの再来を期待されてデビューしたS660。廉価グレードでも200万円。限定車では何と240万円というプライスタグを下げて登場した。エンジニアリング内容からみれば、それでも安いが、軽自動車の常識からすれば驚異的な高価格だ。その走りは絶賛を浴びているが、商品として長期継続していかれるかどうかが問題だ

 スポーツモデル自体はまず商売にならない。だからダイハツはコペンを企業イメージ戦略モデルとして位置付けた。看板娘として長くスポットライトを浴びられるように、着せ替えボディとシャシー剛性を両立させる「新骨格構造D-Frame」を採用してボディデザインのリニューアルを毎年でもできるようにしたのである。ダイハツは企業戦略の中にコペンがちゃんと組み込まれているが、S660はどうだろうか。高度経済成長時代ならともかく、2015年の商品として「良いものを作れば、必ず市場は評価してくれる」というスタンスではいかにも心もとない。良いクルマであることと、企業戦略に何をもたらすかは商品としての両輪であるはずなのだ。

 これまでのホンダのやり方は、どうもそういうビジョンがないように思える。確かにホンダを巡る状況は難しい。マツダやスバルのように「ナンバー1よりオンリー1」という戦術で済む規模ではない。しかしトヨタのような多方面作戦を押し切っていく体力もまたない。同様の状況にあった日産はスズキ式の新興国特化へ舵を切って効率を上げた。それが良いか悪いかではなく、目的を持ったビジョンがあるかどうかなのだ。

 ホンダにこそトヨタが策定したような「グローバルプラン」に基づいた戦略的な全体最適化が必要なのではないかと思う。ホンダとは何かをもう一度見つめ直し、改革のプライオリティを明確に定め、リソースと按分しながら必要な手を打っていくこと。突発的に凄いモデルを出しても状況が好転するようには思えないのだ。

 ホンダは日本経済にとって極めて重要な会社である。数ある世界ブランドの中でも突出した知名度と実績を持っている。そのホンダが強い会社としてずっと存続してくれることを願ってやまない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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