ハニカミ王子に学ぶ――スポンサーがお金を払う“3つのB”とは? :郷好文の“うふふ”マーケティング
5億円という破格の契約金で、史上最年少のプロデビューが決まった“ハニカミ王子”こと石川遼選手。世間のブームには“語形変化”があり、スポンサーは語形変化を見て、いつ、いくら払うかを決めるのだ。
2007年の2つの流行語大賞は、どちらも日本人の感性を色濃く反映していた。1つは「(宮崎を)どげんかせんといかん」。もう1つは年明け1月10日に、16歳3カ月24日の史上最年少でトーナメントプロに転向した石川遼選手の愛称、「ハニカミ王子」。フレッシュな人気女子プロゴルファーの続出で差をつけられてしまった男子プロゴルフ界を、「ハニカミ王子でどげんかせんといかん」と合成することもできる。
並外れた契約金で誕生した史上最年少プロ
そのハニカミ王子へ、一流プロ並み、いや超一流プロ並みの契約金が話題になった。
松下電器への所属契約は5億円(5年契約、推定)。肖像権やCM出演、Panasonicロゴの露出が中心という。今年新設の「パナソニックオープン」にももちろん出場する(これが契約シナリオの一環だとすれば、すごい戦略だと勘ぐった)。用具契約ではヨネックスがブリヂストン、ナイキとの争奪戦を制し、ゴルフクラブ、キャディバッグ、グローブ、キャップ&サンバイザー、ウェア、シューズ、パラソルなど、サングラス以外ほぼ全身のグッズを供給する。契約金は6億円(5年契約、推定)と言われる。
これはどんなレベルか。宮里藍プロはプロ転向時に2億1000万円(3年契約、推定)、同じく横峰さくらプロは1億2000万円(年間契約、推定)と言われたから、彼女らを何十ヤードも置き去りにする額だ。2007年の賞金女王、上田桃子プロが今年ソニーと結んだ契約が年間1億円(推定)。ハニカミ王子は賞金女王とすでに同じレベルということになる。
松下電器のリリースには「(石川遼さんは)グローバルに活躍できる選手」というくだりがある。彼のプロ転向ニュースは、米国のゴルフ専門ニュース「ゴルフセントラル」を通じて世界に報道されるほどの注目ぶりだから、「脱“松下”」「脱“ナショナル”」でPanasonicに社名変更するグローバル戦略(参照記事)の一翼を担う。……にしても、16歳に5億円!
ゴルフに限らず、各界のアマやプロにとって垂涎の金額である。15歳8カ月で初出場したプロトーナメントで劇的な初優勝したその実力、運、人気はもちろんとして、彼の何がこれほどの高額を呼び込むのだろうか?
英語でもハニカミ
「え〜……今日からプロゴルファーの石川遼です。これからもよろしくお願いします」
1月10日の石川遼さんのプロ転向宣言には、ゴルフ界以外からも注目された。会見に集まった報道陣の数は実に82社、300人。テレビカメラ30台、ロイター通信など海外通信社3社の見守る中で、石川遼選手、やっぱ(会見で連発していた)さわやかだった。私はこの会見をゴルフダイジェストオンライン提供の「ゴルフTVヘッドラインムービー」で見たのだが、面白かったのは「英語でお願いします!」と言われたシーン。
質問者 (全米をカバーする)ゴルフセントラルのエグゼクティブ・プロデューサーから、ぜひ英語でひとこと、英語圏のファンにというお願いがありました」
石川選手 (しばらくはにかんで、でもしっかりと)“I want to play with Tiger
(Woods) in future.”(いつかタイガー・ウッズとプレイしたい)
質問者 「さきほどおっしゃっていた夢も、英語で言っていただけますか?」
石川選手 (はにかみというより多少“うろたえ”て、周りに英語を確認した。息を吸って)“I would like to win Masters.”(マスターズで勝ちたい)
英語を話し、ほっとして汗をぬぐう姿も、初々しくてまたよし。5億円のうちの何割かは“やっぱ”、このハニカミですね。
2007年の長い戦いに勝った
マンシングウェアオープンKSBカップで劇的な優勝を遂げてから、プロ宣言までは8カ月弱だった。短くもあり長くもある。本人にとって長い戦いであったのはもちろん、彼の価値を量り続けたスポンサー“予備軍”にも長かったはずだ。
プロ2戦目のフジサンケイクラシックは、初戦の勝利がフロックではないことを示す15位タイ。最終日にはトップと3打差まで詰めた。最終戦のJTカップでは一流選手に囲まれ24位タイ。最終日の18番ホール、同じ組で回った篠崎紀夫プロ(プロ歴18年、38歳)はこう語った。
「18番グリーン回りが真っ黒に見えた。それがすべてお客さんだと分かったとき、身震いがした」
ハニカミ効果で前年を大きく上回る9288人のギャラリーが集まったからだ。だがハニカミ王子のプレイに、ハニカミはなかった。このホールで彼は劇的なバーディを奪い、大観衆に応えた。
過熱するハニカミブームに折れることなく、2007年は8戦出場、優勝1回、ベストアマ3回(予選落ち2回)。もしもプロだったら獲得賞金は約2400万円、ランキングでは40位に相当する。ブームだけでないことを成績で示した。
ブームには“Bの語形変化”がある
契約金の金額を決めるのはスポンサーではない。代理する事務所や広告代理店でもない。金額をはじきオファーはするが、実際には私たち“世間サマ”が決めている。
世間サマには作用も反作用もある。熱しやすく冷めやすいのが世論の常。その世間サマのブームには“語形変化”がある。変化には3つのパターンが、それぞれ3段階ある。
パターン1:ブーム、ブランク、ブロークン(Boom, Blank, Broken)
ブームを呼び、一躍脚光を浴びる。ハニカミ王子も最終戦後に「内容の濃い1年でした」と語っていたが、ホンネは“一服=お休みしたい”だろう。そりゃそうです、やっぱ16歳だもの。
「スポーツ選手のお休みを海外ではブレイク(お休み)と言うが、日本ではブランク(空白)と言う」とマラソンメダリストの有森裕子さんは語っていた。故障やプレッシャーからのブレイクがブランクになって、ついには心から壊れてしまう(ブロークン)。スポーツに限らずそこかしこにあるパターンだ。
パターン2:ブーム、ブレイク、ブラッディ(Boom, Break, Bloody)
一大ブームから、さらにブレイクする(させる)。休ませる間もなく話題作りへ走る。ところが頂点に達した頃、なぜか世間の反目を買うことが起きて(あるいは起こして)、集中砲火でブラッディ(血まみれ)になる。あの品格の無いボクシング選手や、強いけれど我が道を行く横綱がそうです。あんがい、ふてぶてしくカムバックしますが。
パターン3:ブーム、ブーマー、ブーメスト(Boom, Boomer, Boomest)
一大ブームが一過性でなく、ブームは消えず“ブーマー”段階へ進む。好成績を残す努力と運は必須。それだけではなく、ひたむき・がんばり・へこたれないの美徳を絶やさない。すると前より大きなブーメスト(最上級)を呼び込める。
“ブーム・ブーマー・ブーメスト”、英語にはなっていないが、しかし世間サマがもっとも価値を認めるのはこのパターン。ここにハマる存在には、スポンサーが多額のお金を出す。それも2段階目、“ブーマー”の段階で支払いたいのだ。
「ブーマーであり続けてほしい期待=契約金額」
スポンサーは、不確定な未来のブームだけにお金を支払うほどヤワではない。過去のブームだけに支払うほどお人好しでもない。ブーマーであり続ける“期待値”にこそ対価を支払う。
テレビ・新聞・ネットなどへの露出量チェックや認知度の推定計算だけでなく、スポンサーはむしろジッとブーマーへの語形変化を見ている。「声を荒げないだろうか?」「血まみれにならないだろうか?」そんなとき大切になるのは、ハニカミ笑顔や、血をぬぐう“ハンカチ”なのである。
著者プロフィール:郷 好文
マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」
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