小寺信良の「プロフェッショナル×DX」

「衛星放送」終焉の序章か――「BS4K」民放5社撤退のインパクト(2/3 ページ)

「ニューメディア」の旗手だった衛星放送

 日本で衛星放送が始まった頃をご記憶の方は、おそらく50代以上ということになるだろう。日本初のアナログ衛星放送が開始されたのは、1984年のことである。その前年にテレビ業界に入った筆者は、この時の期待感と大騒動を目の当たりにした。

 当初の衛星放送は、山間部や離島など物理的に地上波放送ではカバーできない地域の難視聴対策と、新たな伝送経路の確保や将来的な多チャンネル化を目的としてスタートした。

 それまでテレビと言えば地上波しかなく、しかも周波数帯域の関係でこれ以上放送局が増える見込みはなかった。だが衛星放送の開始で、チャンネルが増える。既存の放送局だけでなく、テレビ番組制作会社も自分たちが一躍全国放送局になれるかもしれないというチャンスに、浮き足立った。

 実際その時の期待感や高揚感は、このシステムを拡充していけばやがて地上波放送は不要になるという予感だった。つまり放送というメディアの地図が書き換わる、新しいテクノロジーへの期待感だった。90年代後半から2000年代前半のインターネット黎明期と似た感覚だが、この雰囲気はテレビ業界内でしか味わえなかった。

 衛星放送と並んで映像配信の主役に躍り出たのが、レンタルビデオサービスである。元々のビジネスはレンタルレコードであったが、これは音楽産業の不振を招くなど、ビジネスモデルとして不完全であった。この反省を生かし、レンタルビデオサービスは慎重に制度設計が行われた。

 そこで貸し出される映画のビデオテープは、市販品ではなくコピーガードを施したレンタル専用品であり、映画会社や映画配給会社がその主導権を握った。セルビデオとしては今更とても売れないようなB級映画でも、レンタルなら利益を上げられる。とにかくタイトルの多さで勝負しようと、日米の映画配給会社はこぞって過去のタイトルをレンタルビデオサービスへ投入した。

 これが大いに当たり、大きなビジネスへと成長した。80年代前半に起こったこのレンタルビデオと衛星放送を合わせて「ニューメディア」と呼ばれ、一躍時代の花形となった。ここから衛星放送とレンタルビデオ事業は、背中合わせで成長する運命となった。

 その後90年代に入ると、衛星放送はWOWOWなどの有料映画チャンネルがスタート、さらにはCS局もスタートし、有料マルチチャンネル時代を迎える。現在の衛星放送のイメージは、この時代に定着した。

 一方のレンタル事業は、CDレンタル事業を吸収しながら順調に拡大する。2000年にソニーが「PlayStation 2」を発売すると、事実上のDVDプレーヤー普及機となった。ビデオテープからDVDへのメディアチェンジが起こったことで、さらにレンタル事業は拡大した。

 しかし2005年頃から光回線が急速に普及すると、映像のネット配信事業が台頭した。当初の配信事業者は回線事業者系列だったが、そのモデルや料金体系は、衛星放送の有料課金に近いものがあった。

 やがて外資による格安料金のサービスが日本に上陸すると、それらの事業者は、一部のうまく特徴を出せた事業者を除き、撤退を余儀なくされた。事業者大手の米Netflixの祖業はレンタルビデオ事業者であったことを考えれば、この時点ですでにビジネスモデルとしては有料放送はレンタル事業に勝てなかったのだともいえる。どちらが末端のユーザーに近く、ニーズを拾いやすかったか、という話でもある。

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クラウド活用にリモート編集環境と、映像にまつわるプロフェッショナルの分野にDXの波が押し寄せている。プロの現場で何が起こっているのか。最新のITトピックを小寺信良氏が解説する。

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