OpenAI、ミレニアム懸賞問題「ナビエ・ストークス方程式」をAIが解決したと発表 数学者は経緯に反発

 米OpenAIは9月8日(現地時間)、社内の未公開モデルがミレニアム懸賞問題の1つ「ナビエ・ストークス方程式の存在と滑らかさ」を解決する証明を生成したと発表した。3次元の非圧縮性流体が、滑らかな状態から出発しても有限時間で速度が無限大に発散する「特異点」を生じ得ることを示したもので、同社は証明の解説と、証明支援系「Lean」による形式化の両方を公開した。クレイ数学研究所の公式な問題設定のうち、破綻を示す主張「C」と「D」を確立したものだと説明している。

(画像:OpenAI)

 ただしこの発表の直前に、関連する成果を公表した米ニューヨーク大学(NYU)の数学者トリスタン・バックマスター氏が、OpenAIの取り組みの経緯を問題視する声明を公開した。OpenAIで数学研究を率いるセバスチャン・ブベック氏はこれを「事実に反し、扇動的だ」とX投稿で反論しており、成果の妥当性と発表に至る経緯を巡って論争が起きている。

エージェント1万個を88時間

 OpenAIによると、証明を生成したのは“GPT-6 Astraより大幅に高性能な”社内モデルで、学習は現在も継続中という。9月1日に「2つのミレニアム懸賞問題が解決された」といううわさを聞いたことをきっかけに取り組みを始め、約1万個のエージェントを並行して動かして約88時間後の5日に結論に到達した。Leanでの形式化と検証にはさらに17時間かかったとしている。マーク・チェンCRO(最高研究責任者)は計算コストが数百万ドル規模だったと説明した。同社はミレニアム懸賞の100万ドルの賞金を請求するつもりはないとしている。

「うちの研究が伝わった後に始めたはず」

 バックマスター氏は同日、米Anthropicの数学者レベント・アルポーゲ氏との共同研究として、非圧縮多孔質媒体方程式、ブシネスク方程式、3次元非圧縮オイラー方程式について、滑らかな外力の下での有限時間爆発を示す3本の論文とLean形式化を公開した。両氏はOpenAIの「Codex」とAnthropicの「Claude」を併用しており、アルポーゲ氏はAnthropic所属だが会社の業務ではなく個人的な共同研究だとしている。

 問題は論文に添えられた声明だ。同氏は9月6日にブベック氏らと電話で話し、OpenAIの社内モデルが強制項付きナビエ・ストークスの有限時間爆発について約100ページの証明を出したと伝えられたと説明。当初は「人間の入力はほとんどない」と説明されたが、通話中に、実際にはチームが取り組み、プロンプト自体もCodexに書かせ、膨大な計算資源が投じられたことが判明したとしている。最初のプロンプトが送られたのは自分たちの研究の情報がOpenAIに伝わった後の数日以内だと、OpenAI側が最終的に認めたとも記している。

 同氏が疑念を抱いた理由は、両者が選んだ手法が同じだった点にある。滑らかな外力でクレイの問題に迫るルートは他にほとんど誰も取り組んでおらず、問題文をモデルに与えて数日で行き着く方向ではないと主張する。さらに、草稿をすべてCodexのセッションに入れていたため学習やアクセスの有無を尋ねたが、「ユーザーデータを参照していない」との回答は得たものの、学習についての回答は得られなかったという。またOpenAI側から、アルポーゲ氏をAnthropic所属を理由に著者から外すことを2度求められ、公表すると告げた際には「なぜ自分のキャリアを台無しにするのか」との反応があったとしている。

ブベック氏「著者から外せとは言っていない」

 ブベック氏はX投稿で、アルポーゲ氏を同氏自身の研究の著者から外すよう求めたことはないと否定した。通話の途中で両氏が解いたのがオイラー方程式だと初めて知り、そこからバックマスター氏がOpenAIの証明の書き直しを筆頭著者として担当する案を検討する流れになったため、その文脈で「アルポーゲ氏がAnthropic社員でなければもっとシンプルだった」と述べたという説明だ。競合他社の社員がOpenAIの成果の著者になるのは不適切だと考えたとしている。問題の発言については、なぜそこまでキャリアを懸けるのか分からないという趣旨で、極めてまずい言葉選びだったと謝罪し、その場で撤回したと述べた。

 人間の関与についてブベック氏は、複数人が関わったのは事実だが、チームに流体力学の研究レベルの専門知識を持つ者はおらず、数学的な中身に寄与できなかったと説明。両氏の研究は公開まで一切見ておらず、双方の証明は大きく異なり、オイラーについては強制項の有無という点で証明した命題自体が違うと指摘した。OpenAIも公式Xで、特定のユーザーデータにアクセスした事実はないとした上で、可能性は低いものの製品利用から得られた非識別化データがモデルの改善に寄与した可能性は排除できないとしている。この点についてバックマスター氏は、自分たちが結果を得た後の学習データを使ったと認めているに等しいと改めて疑問を呈した。

検証はこれから

 クレイ数学研究所の公式な問題設定は、外力を伴わない主張AとBに加え、滑らかな外力を許すCとDのいずれかの証明も解決として認めているため、OpenAIの主張が形式上は要件を満たす可能性はある。ただし、公開された証明とLean形式化が主張どおりの内容を確立しているか、形式化された命題がクレイの設定を正しく写し取っているかは、数学コミュニティによる独立した検証はこれから行われる見通しだ。これまでにミレニアム懸賞問題が解決された例はポアンカレ予想の1件のみで、今回の結果が検証に耐えれば、AIが到達した証明としては群を抜いて重要なものになる。

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