秋葉原の街を歩く、グレーのスーツ姿の地味な男性の前に、突然カラフルな5人戦隊「アキバマン」が現れる。「出たなジミダー!」。戦隊の1人が叫ぶ。
前も後ろもさえぎられて男性は苦笑し、隙を突いて走って逃げるが、アキバマンは列をなして追ってくる。路地を縫って走るが、追っ手は増え、じりじりと迫る。
ラジオ会館前。男性は38人に増えたアキバマンに囲まれ、よってたかって服を脱がされ、とうとう全裸に。1人のアキバマンが彼に、レンジャースーツとナイキの靴を渡す。
着替えた男性は一転笑顔に。まんざらでもない様子で戦隊員のポーズを決め、照れ笑いする――
「NikeCosplay」という名のこんな映像が今、YouTubeで人気を集めている。公開から1カ月で視聴回数は25万以上。「面白い」「笑った」――世界じゅうからコメントが付く。
作成したのは、ナイキジャパンの「NIKE iD」PRチームだ。NIKE iDは、色や形を細かくカスタマイズしたり、オリジナルのネームを入れたりした靴をネット注文できるサービス。YouTube動画は、このサービスの認知度アップを狙ったPR戦略だ。
動画には、ナイキのブランドや商品はほとんど出てこない。直接宣伝することは避け、視聴者に楽しんでもらえるコンテンツにすることで、口コミで人気が広がり、持続することを狙った。
テレビCMを展開したり、大手ポータルにバナーを出稿するよりはるかに低予算だが、スペインやフランス、ブラジルなど海外のサイトでも紹介され、口コミは国境を越えた。NIKE iDサイトへのアクセスも増えたという。
YouTube利用を決めたきっかけは、Nikeの靴を履いたロナウジーニョの映像がYouTubeに無断アップロードされ、700万回以上も再生されたこと。サッカーゴールの細いポールにボールを何度も命中させるという“神業”が「本当なのか?」と話題になって口コミで世界中に広がり、靴の宣伝にもつながった。
「日本発・世界に通用する映像を作りたかった」と、マーケティング本部のマネージャーの蓑輪光浩さんは語る。国内のプロモーションだが、世界を強く意識して企画した。
動画のテーマはコスプレ。日本から世界に発信した文化であり、NIKE iDの特徴であるカスタマイズ性や自己表現をうまく表現できると感じたためだ。「普段は落ち着いた感じの人が、コスプレで変身した瞬間にポーズを取ったりするのを見て、コスプレも自己表現だと思った」と蓑輪さんは言う。
ストーリーは、田舎から出てきた内気で地味な男性が、コスプレしてNIKE iDの靴を履き、自己表現を知るというもの。欧米やアジア各国にも理解してもらうため、キャラクターに「戦隊もの」を選んだ。
「例えば、『ガンダム』や『うる星やつら』のコスプレをする、という手もあったかもしれない。だがラムちゃんのコスプレは、一部の人には受けるかもしれないが、世界共通ではない」
戦隊ものといえば普通は5人程度だが、この動画のアキバマンは38人。NIKE iDで選べる38色を表現した。
舞台は秋葉原。「日本の中で、世界に知られているところといえば、京都か秋葉原か」――京都にレンジャーは似合わない。秋葉原に決まった。
「YouTubeで『面白い』と言ってもらえるだけでは意味がない」。同社は、NIKE iDサイトへのアクセス・売り上げ増につながる次の手として、Webサイトで“アキバマンのカスタマイズ”を始めた。
レンジャースーツや靴の色を選んで“自分だけのアキバマン”を作成して壁紙にしたり、印刷したりできる。手順はNIKE iDで靴をカスタマイズする時と同じだ。
「サイトにいろいろな情報を入れようとすると、どうしても押し売り的になってしまう。レンジャーのカスタマイズで楽しんでもらって、緊張感を解いてもらえれば」
動画の主人公の地味な男性「ジミダー鈴木」さんのブログも近々公開する予定。地味で地道なジミダーさんが、NIKE iDに出会って自己表現を覚えていく過程が描かれていく、という。
「コンテンツ作りは楽しい」と蓑輪さんは言う。楽しみながらクオリティーを高めることが、視聴者にとっても楽しく、「人に伝えたい」と思うコンテンツにつながるようだ。
ポータルサイトでのバナー出稿も始めるなど、新コンテンツとPR戦略の波状攻撃で、息の長いプロモーションを行っていく。
YouTubeは、広告クリエイティブの自由度が高く、スピーディーに動ける会社にはおすすめという。ネットで話題になるような、高クオリティーで少し謎のある動画を作れば、配信コストなしで世界中に届けられる。
この動画のパロディーを、世界中の人が作ってくれることも期待している。「パリの街を歩く人が、フランス人レンジャーに追いかけられるとか――YouTubeなら、そんなこともあり得る」
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