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Winny裁判を考える なぜ「幇助」が認められたか寄稿:小倉秀夫弁護士(2/3 ページ)

» 2006年12月19日 09時12分 公開
[小倉秀夫(東京弁護士会),ITmedia]

 一定範囲の客体のどれかに結果が発生することは確実であるが、その個数や客体を不確定なものとして認識している場合(例えば、地下鉄の車両の中に時限爆弾を仕掛けて爆発させるような場合)を「概括的故意」というのですが、この場合も、故意責任を認めることができるとするのが多数説です。未必かつ概括的故意でも故意犯として処罰して良いのかという問題はあると思いますが、例えば、警察を試す目的で時限爆弾を仕掛けた場所を示す暗号文を警察に送りつけていた場合などは「警察が速やかに暗号を解読できなかった場合には、その時限爆弾の近くにたまたまいた人が何人か死ぬかもしれないがそれでも構わない」という心理状態なんでしょうが、その場合について殺人の故意を否定するのもおかしいから、未必かつ概括的故意でも故意犯として処罰して良い場合があるとはいえるかもしれません。

――ネット上では、「では、殺人犯に包丁を売った店主は、殺人罪の幇助犯になるのか」みたいな議論が行われていて、納得してしまう人も多いようなのですが、その点についてはどう思いますか?

 それは、「中立的行為による幇助の可罰性」問題ですね。

――それはどういうことですか?

 ここでいう「中立的行為」というのは、相手が特定の犯罪を犯す意思があろうとなかろうと同じように物や役務を提供する行為のことをいいます。「包丁を売る」という行為もそうですし、例えば「タクシーが客の指示する場所まで客を乗せて走る」という行為もそうです。そういう中立的な行為によって正犯による犯罪に実行が容易になった場合に、未必の故意があれば(例えば、このお客さんはこの包丁を用いて人を刺し殺すかもしれないけれども、それでも構わないと考えていたとすれば)幇助犯として刑事責任を負うというのはいかにも酷ではないかということで、幇助犯としての処罰範囲を限定する方向で様々な学説が提案されている状況です。

――Winnyは、他人の著作物をアップロードすることにも使えるけれども、自作のポエムを配布するのにも使えるから、Winnyを公衆に提供する行為は「中立的行為」ということになるのですね。

 そうです。京都地裁もさすがにそのことは理解していて、「判決の骨子」では、「被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず、技術それ自体は価値中立的であること、さらに、価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為になりかねないような、無限定な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当ではないことは弁護人らの主張するとおりである」と判示しています。

――そういう場合、普通は幇助犯の成立範囲をどうやって限定するのですか。

 この論点についてはいまだ通説がないので、「普通」といわれると難しいです。当該行為がなかったとしても、正犯者または第三者の行為により代替されていたであろうという場合には、当該行為は具体的結果発生の危険を高めていないとして、「幇助の因果性」を欠くとするアプローチが1つあります。包丁の例でいうと、その刃物店がその正犯者に刃物を販売しなかったとしても別の刃物店が販売していたであろうという場合には、その正犯者に刃物を販売することによってその正犯者が人を刺し殺すという具体的結果発生の危険が高まっていないとして幇助の成立を否定する考え方です。ただし、この考え方を基本的に支持する論者は、正犯者または第三者の代替的行為を考慮対象から外すためのサブルールを様々に提唱して具体的妥当性を確保しようとするので、なかなか分かりにくかったりします。

――Winnyの場合はどうなるのですか?

 金子さんがWinnyを開発する前からWinMXなどのピュア型P2Pファイル共有ソフトは広く入手可能だったので、金子さんがWinnyをAさん(正犯)にダウンロードさせたからといって、Aさんによる「スーパーマリオアドバンス」の送信可能化という具体的結果の発生の危険を、その手段の提供により高めたとはいえないとすることは可能かもしれません。サブルール次第では結論が逆になる場合もあり得ますが。

 他方、WinMXなど既存のピュア型P2Pファイル共有ソフトの利用者がIPアドレスなどから氏名などを特定されて検挙され始めたという状況下で、IPアドレスなどからでは容易に氏名などの特定をされることなくファイル共有を行うソフトがWinny以外には事実上入手困難だったという場合は、匿名性の提供による犯行意思の強化により、Aさんによる「スーパーマリオアドバンス」の送信可能化という具体的結果の発生の危険を高めたということも可能でしょう。

 もっとも、今回の裁判で審理の対象となっているのは、Winny2をダウンロードさせたことについてなので、そうなると、Winny2をダウンロードさせなかったとしてもWinny1が代替原因となっていたはずであり、幇助の因果性がないのではないかという議論もあり得なくはありません(ただWinny1とWinny2は提供元が一緒なので、幇助の因果性を排除しない可能性はありますが)。

――何だか難しい議論ですね。今回京都地裁はそういうアプローチを採用したのですか?

 いいえ。「判決の骨子」によれば、「結局、そのような技術を実際に外部に提供する場合、外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、さらに提供する際の主観的態様如何によると解するべきである」とされています。

――そういうアプローチって、有力なんですか?

 ぜんぜん。「その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識」の部分については、犯罪結果を発生させる蓋然性(がいぜんせい)が相当程度高い場合にしか幇助の因果性の「相当性」を認めないのだとする意図なんだと善解できなくはないですが。

――「インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので、Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており、Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、効率も良く便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという利用状況」という部分が「その技術の社会における現実の利用状況」に対応するのですね。

 そうです。そして、「被告人は、そのようなファイル共有ソフト、とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識」していたと裁判所は認定したのです。

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