無職だった男性が、社長になった。といってもこれは、華々しいサクセスストーリーではない。
「ぼくにはやっぱり、起業とか、合ってないかもしれないんですけどね」。5月24日に設立された新会社「字幕.in株式会社」の社長・矢野さとるさん(25)は苦笑する。
「スーツのおじさんのにおいがプンプンするのが苦手で」。“ビジネスビジネスした社長”にはなれない。事業が落ち着けば社長を誰かに任せたいと、本気で考えている。
字幕in.株式会社は、動画に字幕を付けられるサービス「字幕.in」を運営する会社だ。資本金は50万円で、役員は矢野さんを含めて2人。矢野さんが46万5000円(93%)、もう1人の役員が2万5000円(5%)、ベンチャーキャピタルのGMO VenturePartnersが1万円(2%)出資して設立した。
今年1月の開発当初、字幕.inを会社にすることになるなんて思ってもみなかった。開発の動機は、似た仕組みのサービス「ニコニコ動画」が面白かったから。人に使ってもらい、反応をもらうのがただ楽しくてやってきた。今でもその気持ちは変わらない。
「でも、字幕inを絡めたビジネスをしたいというお声をたくさんいただいて。50件くらいはあったと思います」
例えば、聴覚障害者のコミュニケーション手段として字幕を利用してみたいとか、英語関連のメールマガジンと絡めて何かやりたいとか、PC教室の教材に利用していみたいとか――それぞれ面白い話ばかりで、これまで縁のなかった分野の人とたくさん知り合えた。
ビジネス化第1弾は、すでに動いている。神田外語グループが行う映画の字幕作成コンテストで、字幕.inのシステムをカスタマイズして提供する予定だ。数々の映画字幕を手がけた戸田奈津子さんが審査員として参加する。
これが縁で戸田さんに会い、“字幕のイロハ”を教えてもらった。「ぼくも字幕業界、浅いので、そんな方とお話できてアドバイスいただけるのが恐縮です」
矢野さんは、個人でネットサービスを開発するのが趣味。個人サイト「satoru.net」でこれまで、「2ちゃんねる2」「SNS統計ページ」「TV YouTube」など50を超えるサービスを作ってきたが、ビジネス的にここまで大きな反響があったのは、字幕.inが初めてだ。
「字幕.inでせっかくできたビジネス的なつながりを保っておくためにも、信用面・契約面を考えても、会社化したほうがいいと思いました」。これが会社化を決めた1つめの理由だ。
もう1つの理由は、会社という仕組みの中で字幕.inが自律的に動けば、いずれ自分が関わらなくて済むようになることだ。
「個人でやっていると、ぼくは字幕.inにずっと携わり続けなくてはなりませんが、会社化して、ぼく以外の人たちの力で字幕.inを回していくことができれば、『satoru.net』で面白いものを開発し続けるという本来の活動に戻れます」
無職のまま顧問のような形で会社に関わり、社長は外から連れてくるという案も真剣に検討した。だがまずは、自分が社長に就任することにした。
「さすがに、最初はぼくが会社にいるべき。自分で作ったサービスだからモチベーションも高いし、すでにビジネスのお話をしている企業に対して『きょうからぼくは責任者を降りて、この人が社長になります』といきなり言うのもよくないですから」
矢野さんは、西部日刊スポーツ、ヤフー、ライブドア、SNSベンチャー・ウフルと渡り歩き、その後無職になった。無職の身軽さが好きだから、字幕.in株式会社も、無職の精神を保った会社にしたいという。
「会社という枠組みにあんまりこだわらず、個人で働いていたときのフットワークの軽さを常に保っていたいと思っています。無職から誕生した会社、という精神を社訓にでもできればなぁ(笑)」
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