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貴重書をネットでどうぞ 国会図書館の電子化事業、著作権処理に課題も

» 2007年09月07日 17時42分 公開
[宮本真希,ITmedia]
画像 近代デジタルライブラリーで公開している画像

 国立国会図書館が運営するサイト「近代デジタルライブラリー」では、明治・大正時代の図書を画像で公開している。国会図書館は貴重な図書を保存する役目を担っている。ネットを活用することで、こうした図書を誰でもどこからでも閲覧できるようにするのがサイトの狙いだ。

 しかし運営には手間もかかる。公開図書は著作権を処理できたものに限られるが、古い図書には著作者が不明のものも多く、公開した明治時代の図書のうち約75%は「裁定制度」を利用して許諾を得ており、公開までのハードルが高いのが現状という。

貴重な資料をどう活用してもらうか

 近代デジタルライブラリーは2002年に開設した。国会図書館が所蔵している明治時代の図書約17万冊のうち、著作権処理を行った約12万7000冊を公開。今年7月には、大正時代の図書約9万冊のうち著作権を処理できた約1万5700冊を追加した。

 サイトでは、タイトルや目次で検索し、図書の表紙や中身をJPEG画像で閲覧したり、PDFファイルでダウンロードできる。例えば1909年(明治42年)に発行された夏目漱石の「三四郎」、1923年(大正12年)の芥川龍之介の「羅生門」など、文豪の作品の貴重な初版を閲覧できる。南満州鉄道が中国の産業を調査した「満鉄調査資料」、大正時代の京都のガイドブック「京都遊覧案内」など、資料的価値が高いものも多数ある。

 同サイトのほか、日本の歴史や文化に関する所蔵資料をさまざまなテーマで公開する「電子展示会」もある。福沢諭吉などの肖像写真や略歴を公開した「近代日本人の肖像」、日本国憲法の制定過程に関する資料を集めた「日本国憲法誕生」に加え、8月には明治・大正期の写真500点を閲覧できる「写真の中の明治・大正 東京編」をオープンした。

 図書館へ行っても、損傷の激しい古書は閲覧できなかったり、閲覧できても貴重なため貸し出せないというケースが多い。また国会図書館は東京本館(千代田区永田町)と関西館(京都府精華町)の2カ所にしかなく、地方から訪れるのは大変だが、ネットで公開すれば誰でも自宅や大学研究室などから閲覧できる。

 「これほどたくさんの貴重な図書を持っている図書館はほかにあまりない。あとはどのように使ってもらえるかが課題」と国会図書館広報係長の松井一子さんは話す。


画像 国会図書館の図書倉庫。常に室温22度、湿度55%に保たれている。「予算があればもっと室温を下げたいところなんですが」と広報係長の松井さん
画像 図書はマイクロフィルムに撮影して保存している

公開した明治時代の図書の約75%は裁定制度を利用

 現行の著作権法では、著作権の保護期間は著作者の死後50年。このため近代デジタルライブラリーのように、著作者が亡くなった後で著作物を利用する場合は、保護期間を経て権利が切れるのを待つか、相続人全員から許諾を得なければならない。

 例えば「吾輩は猫である」は、本文を書いた夏目漱石のほかに、序文を正岡子規が書いている。国会図書館では2人の没年を調べ、著作権の保護期間が満了していることが確認したため、近代デジタルライブラリーで公開した。

 著作権者が不明の場合は、裁定制度を使って供託金を支払うことで許諾を得ることができるが、裁定制度で著作物の利用が認められるためには、例えば雑誌、新聞、Webサイトに広告を出すなど、著作権者を探す「相当の努力」が必要とされている。

 同図書館電子情報企画室長の田中久徳さんによると、近代デジタルライブラリーで公開している明治時代の図書のうち約75%は裁定制度を利用しており、その場合の費用は1件につき数千円だという。

 07年度、近代ライブラリーで公開する図書の著作権者の調査と電子化費用として割り当てられた「電子図書館コンテンツ構築」予算は8100万円。「大正時代の図書に関しては、来年は今年の3倍ペースで公開したいが。この予算では1万冊ちょっとしか公開できない」(田中さん)

 また「今後、古い新聞や雑誌なども公開したいと考えているが、複数の著作者が原稿を書いている新聞や雑誌の著作権処理は難しい上、予算が増えるかどうかもわからない」という。

 著作権保護期間を著作者の死後70年に延長するべきという議論も盛んだ。だが電子公開の担当者としては「何かしらの手当てもなく、ただ保護期間だけが延長されると、近代デジタルライブラリーの取り組みが進まなくなる」(田中さん)と不安もある。

Webサイトのアーカイブも

 国会図書館は、Webサイトを収集するアーカイブ事業「WARP」(Web ARchiving Project)も展開している。

 国会図書館では、国内で発行された出版物を発行日から30日以内に納入させる「納本制度」を軸に、出版物を収集している。だがWebサイトの情報は対象外。日々生産されるテキスト情報はネット上でも爆発的に増えており、こうしたデータを将来世代に向けて蓄積していく必要性が指摘されてきた。

 WARPが本格化したのは昨年度から。名称は「インターネット情報選択的蓄積事業」という。無差別に蓄積するのではなく、国会図書館が選んだサイトについて収集しているためだ。対象は国や自治体の公式サイト、合併前の市町村、旧国立大学、国際イベントのサイト、ネットで無料公開されている電子雑誌など。収集したデータはWARPサイトで検索・閲覧が可能だ。

 まずは「失われつつあるものに重点をおいて選んでいる」(田中さん)。02年のサッカー・ワールドカップのサイト、05年に奈良市と合併した月ヶ瀬村のサイト、廃刊になった学会誌の電子雑誌など、これまで3393のサイトを収集した。

 収集の際はサイトごとに許諾を依頼する文書を送付。許可が得られたサイトは収集ロボットを使って集め、保存・公開している。手続きには数カ月かかることもあるという。

 今後は国会図書館が選んだ一部のサイトだけではなく、広く個人のサイトも収集していきたい考えだ。このため、許諾を得なくてもサイトのデータを収集・蓄積できるよう、国会図書館法の改正を望んでいる。

 また今後は出版社とも話し合い、納本制度のように、ネット版に移行した書籍のサイトなどを納めてもらえるよう取り組んでいく考えだ。「ケータイ小説など新しいジャンルのものも生まれており、それがどこにも残らないというような状況にはしない」と田中さんは話す。

 09年までに、収集したサイト、電子雑誌、近代デジタルライブラリーなどのデジタルコンテンツをまとめたポータルサイトをオープンする計画だ。

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