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「それはできない」とは言わない 急成長する音声コミュニティー「こえ部」「1を10にする」ネットサービスの育て方(1/2 ページ)

» 2009年03月17日 16時42分 公開
[古川健介(ロケットスタート),ITmedia]

「1を10にする」ネットサービスの育て方

 「ミルクカフェ」「したらば」などを運営してきた、けんすうこと古川健介さんが、人気サイト運営者のインタビューを通じ、ネットサービスの“育て方”を伝える連載です。

第0回:作るだけでは育たない 「1→10」支える“みんなの力”


画像 こえ部トップページ

 「『1を10にする』ネットサービスの育て方」インタビュー第1弾は、「こえ部」を運営しているカヤックさん(神奈川県鎌倉市)です。

 こえ部は、2007年12月にスタートした音声コミュニティーサイトです。その名の通り、「こえ(声)」を投稿するサイトで、ユーザーから熱い支持を受けています。

 サイトは、「お題」と「こえの投稿」に別れており、出されたお題に対してユーザーが声を投稿する形式になっています。声の録音や再生はFlashベースで、Webブラウザだけで音声コミュニケーションが可能です。

 大きなプロモーションもせずに口コミでユーザーが伸び続け、2009年2月現在、会員が約2万9000人、月間のページビューが700万を超える、かなり大規模なサイトに成長しています。

1年に88ものサイトをリリース しかも高クオリティ

 同社の事業は、(1)自分たちでサービスを作り、運営すること、(2)受託で他社のサイトを作ること――の2つが柱です。こえ部の事業は(1)に当たります。

 このような企業はほかにもありますが、大きな違いはリリースするサービスの数を決めていることでしょう。2008年は自社サービスを88個リリース(「88個、すべて売っちゃいます!」――カヤックがWebサービス大売り出し)し、09年は99個をリリースする予定だそうです。

画像 カヤックのサービス紹介ページ。個性的なサービスが並ぶ

 たくさんリリースするからといってクオリティーが低かったり、趣旨を変えただけでシステムは共通のコピーサイトのようなものは一切なく、すべてが高クオリティーで知恵をしぼったサイトになっています。

 自社サービスを工夫する中で得た技術やノウハウが受託開発にも反映されていき、社内の技術レベルも社外の評判も上がっていく……そんな好循環が生まれています。

 ただ、大勢のユーザーがコミュニケーションをする大規模なサイトの運営は、こえ部が初めてとのこと。こえ部をどう考えて作り、どう育てていったかを、プロデューサーで技術部の大塚雅和さん、技術部の村瀬大輔さん、デザインを担当する意匠部の軍司奈水さんにうかがいました。

チームで作ったからこそヒット

画像 左から、広報担当でディレクターの片岡巧さん、技術部の村瀬大輔さん、プロデューサーの大塚雅和さん、デザイン担当の軍司奈水さん

 こえ部はどう立ち上がり、何が成功要因だったのでしょうか。

 「最初は技術的な観点からのアイデアでした。Flashを使い、ブラウザから音声が投稿できそうだ、というところから考えて。調査したところ、録音した声をブログに投稿している人も多かったため、そういうユーザーをまとめたサイトはいけそうだと」――こえ部スタートの背景を、大塚さんはこう説明します。

 大塚さんは、大規模なコミュニティーの製作経験もなく、運用をしたこともなかったそうです。それでも、同社を代表するほど大規模なコミュニティーサイトができたのは、大塚さん自身が選んだメンバーのおかげだと言います。

 「このメンバーを集めた時点で勝ちだと思いました」(大塚さん)――大塚さんいわく、メンバーを選んだ基準は「忌憚(きたん)なく反対意見を言うこと、実力がハッキリしていること」だそうです。

 ネットサービスに限らず、複数人でものを作ったことがある人なら分かると思いますが、人がいればいるほどコミュニケーションコストがかかります。人が多ければ作業をできる人が増えるため、早く作れるということは決してなく、むしろ非効率の場合も多いのです。最近、1人でネットサービスを作る人が増えてきましたが、これはそういったコミュニケーションのムダを省けるため、むしろ作りやすいということなのでしょう。

 しかし1人で作っていては、自分の実力以上のものは作れません。自分の力以上のものを作り上げていくには、コミュニケーションコストがかからない人たちと組むしかないのです。

 こえ部のメンバーはそれぞれの実力を認め合い、お互いの反対意見にも耳を傾けながら、サービスを作ってきたのです。「僕の言う通りにやられたらここまで成功していなかったと思います。お互いに意見を言い合えたのがよかったですね」(大塚さん)

 自分が作りたいものを実現するために、黙々と作業してくれる「作業者」を集めるのではなく、主体的な意見を持ち、時には厳しい意見を言うことのできる「メンバー」を集めることで、よりよいサイトを作ろうとする――そんな大塚さんの姿勢が感じられました。

やったことがない、だから楽しい

 こえ部のメンバーは、コミュニティーのデザインや設計も未経験の状態。何がユーザーにとってベストか分からない状況の中で、妥協せず考え抜いてきています。

画像 大塚さん(左)と軍司さん

 デザインを担当した軍司さんは、先例のない音声のコミュニティーをどう作ればいいか悩みながら、「投稿よりもスムーズに聴ける、というところにフォーカスした形」を生み出しました。

 連続再生機能が1つの例です。こえ部では、投稿音声の再生ボタンをクリックし、再生が終わると、次の投稿の再生が自動的に始まります。一度再生ボタンを押してしまえば、ほかの作業をしながら聴ける「ながら聴き」が可能なのです。音声を聞くユーザーはどんな状況にいるかを考えた結果の動きで、ストレスなくサイトを楽しむことができます。

 また、音声コミュニティーはテキストコミュニティーに比べて、サーバーに大きな負荷がかかります。こえ部は音声を再生できないとまったく楽しめませんから、負荷の高い再生機能を常に正常稼働させる必要があり、インフラは非常にシビアです。

 「こえ部が大きくなってくると、今までやったことない最適化をしないといけない。その作業が非常に楽しかった」――インフラを担当した村瀬さんは、難しいチャレンジをむしろ楽しんでいたそう。どのメンバーからも「自分たちの実力を100%以上出そう」という意気込みが伝わってきます。

お知らせは声で配信

 いよいよ、こえ部の育て方について聞いてみましょう。

 ネットサービスの管理方法は2つに分けられると僕は思っています。それは(1)一切運営者の姿を意識させない管理方法、(2)運営とユーザーが一緒になってサービスを育てていく方法――です。

 前者は「Yahoo!JAPAN」などのポータルサイトや少し堅めの企業が作るネットサービスでよくみられ、後者は2ちゃんねるやニコニコ動画など、ユーザーとのコミュニケーションをオープンに行い、運営していくサービスでみられます。

 こえ部は完全に後者です。ユーザーからは、こえ部運営局が非常に身近な存在としてとらえられています。

 例えば、お知らせやニュース。「運営からのお知らせやニュースを私たちの声で配信するんですよ」(軍司さん)

 専門の声優を使ったりせず、運営している自分たちが直接お知らせを録音し、流しているのです。実際の声のため、かなり距離が近く感じられるのでしょう。文字通り運営者の息づかいまで聞こえてくるのです。

 お知らせの投稿に対して、多くのコメントが寄せられていて、運営者がいかに愛されているかがよくわかります。例えば、メンテナンスのお知らせにも、「メンテナンス了解しました」「メンテナンスお疲れさまです!」「頑張ってくださいね(`・ω・´)b」など大量のコメントが付いていて、すごいなぁと思います。

「できない」とは言わない

 大塚さんは、すべてのお問い合わせをチェックし、自身でも返信をしているそうです。お問い合わせはダイレクトにユーザーと触れ合うところであり、対応のトーンとマナーは開発者自身でするべきだと考えているとのこと。

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