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「日本版フェアユース」は期待過剰? 識者が議論

» 2009年09月18日 11時40分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 米国の著作権法にあるフェアユースの規定を、日本の著作権法にも導入しようという議論が、文化庁傘下の審議会で進められている。

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 「フェアユースは早急に導入すべき」「いや、導入してはいけない」――慶応義塾大学SFC研究所プラットフォームデザインラボが9月17日に有識者を招いて行ったパネルディスカッションで議論が行われた。推進派と反対派の意見は割れたが、「フェアユースへの一般的な期待は過剰」という点では全員の意見が一致した。

 パネリストは、推進派が弁護士の福井健策さんと、ジャーナリストの津田大介さん、反対派がマイクロソフト社内弁護士の経験もある水越尚子さんと、Motion Picture Association(映画協会)アジア太平洋地域プレジデントのマイケル・エリスさん。慶応大大学院政策・メディア研究科の金正勲さんがモデレーターを務めた。

フェアユースの誤解

 政府の「知財戦略 2009」によると、日本版フェアユースは「権利者の利益を不当に害しない一定の範囲内で公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定」。イノベーション促進のために必要な法的整備の1つとして挙げられている。

画像 エリスさん

 ただ、お手本となっている米国のフェアユースは、一般に考えられているほど幅広い規定ではないと、エリスさんはくぎを刺す。「『フェアだと思われる利用はフェアユース』というありがちな誤解が、Wikipediaにも載っていた。フェアユースの法理は、一般的に思われているより幅が狭く、フェアだと思われるケースでも違法と判断されることもある」

 「フェアユースは権利ではなく抗弁だ」とエリスさんは解説する。裁判所は、(1)著作物の利用の目的と性格、(2)著作物の性質、(3)著作物全体との関係における、利用された量と重要性、(4)著作物の潜在的利用や価値に対する利用の及ぼす影響――を考慮した上で、その利用がフェアユースに当たるかどうかを判断する。

 この4つをどう重み付けするかは事例によって異なり、判決も事実関係によって大きく異なるため、「予見が難しい」(エリスさん)のも特徴。膨大な判例をベースにした判例法主義の米国だからこそ成り立つ規定であり、大陸法系の日本ではそのまま導入するのは難しいとも話す。

 「法的安定性が破壊されるし、お金をいっぱい払わなくてはならない訴訟につながるし、公序良俗に関わるような決定が立法府ではなく司法で行われることになる。フェアユースを導入することによって、著作権の問題は解決するのではなく悪化する」――映画協会幹部という“権利者側”であるエリスさんは、日本のフェアユース導入に、全面的に反対の姿勢を貫く。

フェアユースには過剰な期待と警戒が、日本での議論を難しくしている

画像 福井さん

 「確かに米国のフェアユース規定は、一般で考えられているより狭い」――米ニューヨーク州弁護士資格も持つ福井さんはエリスさんの意見に一部同意。その上で、「フェアユースへの過剰な期待と警戒が、日本での議論を難しくしている」と指摘する。

 「フェアユース導入に賛成すると、『何でもかんでも許可を取らずにやりたいと思ってる』と思われるのは遺憾」(福井さん)とも話し、創作者に利益が還元できる仕組みと、著作物の利用が円滑に可能な仕組みの両立が必要と説く。津田さんも、「フェアユースはフリーライダーの言い訳には使われるべきではなく、フリーライダーを抑制する仕組みも必要」と同意する。


画像 津田さん

 その前提に立った上で、一刻も早くフェアユース規定を導入すべきというのが2人共通の意見だ。権利者や創作者への悪影響がそれほどない利用で、ライセンスをいちいち求めていても到底業務として成立しないような分野では、フェアユース規定の有無が大きな意味を持つと福井さんは話す。

 映画のポスターなど著作物が写り込んでしまったスナップ写真を個人がネットに公開したい場合や、劣化が激しい古い映画のフィルムをデジタルアーカイブしたい場合など、著作者に無断で行えば、現行法上は違法とされる可能性が高い。だがこれらはライセンスを求めるのは難しが、権利者や創作者に悪影響がほとんどないとみられるケース。フェアユース規定があれば、「最後の最後に背中を押してくれる」(福井さん)。フェアユース規定に過剰な期待は禁物だが、「勇気をもって一歩を踏み出したい時には、とても重要」。

 津田さんは、サーバ型のRSSリーダーや、Twitterの全文転載「RT」など、日々変化していくネット上の“複製”のあり方に対応するためにも、フェアユースという包括的な権利制限が必要と説く。

画像 水越さん

 水越さんは、「フェアユースの議論では、対象がはっきりしていない」と指摘。「目的はイノベーション推進なのか、写真への写り込みといった日常生活の問題なのか、ネットサービスのためなのか。立場によって想定しているものが大きく異なり、1つの条項で対応するのは困難では」(水越さん)

 今年6月の著作権法改正で、国立国会図書館でのアーカイブのための複製が認められたように、時代に合わせた権利制限の規定を個別に議論し、法改正していくべきというのが水越さんの主張だ。

 これに対して福井さんは、「個別の制限規定で間に合わない部分をカバーするのがフェアユース」と反論。津田さんも、日々進化するネットサービス上での複製について、著作権法改正は追いつかないと話す。

 「フェアユースは判決の予見が難しく法的安定性が低いため導入すべきではない」という、エリスさん・水越さん共通の意見に対して福井さんは、「そもそも著作権に関わるリスクの多くは、事前の完全予測はできず、実務の現場でリスクテイクしている。フェアユースを導入すれば、リスクテイクできるだけの根拠が持てる」と反論した。

 約2時間の議論の中で結論めいたものは出ず、津田さんは、「フェアユースと言う時に何を期待しているかは、4人いた中でだいぶ違った。バランスを決めていく作業はもう少し時間がかかるかなと思う」と感想を話していた。

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