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シャープが「−2度の日本酒」開発 日本酒に舌鼓を打ちながら、その裏話を聞いてきた太田智美がなんかやる

» 2017年04月11日 19時25分 公開
[太田智美ITmedia]

 シャープは3月28日、石井酒造とコラボして−2度の純米吟醸酒「雪どけ酒」冬単衣(ふゆひとえ)をクラウドファンディングサイト「Makuake」で先行販売開始した(関連記事)。「氷点下の日本酒」は話題を集め、目標金額100万円に対し現在800万円以上の支援が集まっている(4月11日時点)。シャープはなぜ「日本酒」という分野に手を出したのか。−2度の日本酒に舌鼓を打ちながら、その裏話を聞いてきた。


シャープの日本酒

 シャープが開発したのは、日本酒専用の保冷バッグ。このバッグに日本酒を入れると−2度の温度が保たれ、氷点下の日本酒を楽しめるというものだ。保冷バッグには、社内のベンチャー「テキオンラボ」が開発した蓄冷材が採用されており、その蓄冷材に使われている技術は7年間の研究開発期間を経て誕生したという。

 開発に携わったのはシャープ研究開発事業本部の内海夕香さん。この技術はもともと液晶材料の研究で培った技術をベースにしたもので、インドネシア向けの冷蔵庫に搭載されたのがはじまりだ。

 インドネシアの電気事情はあまりいいとは言えず、日常的に停電が起こる環境。そんな中、とある駐在員が現地に1週間ほど出張した際、外出中に停電があったことに気付かずに食材を冷蔵庫から出して食べておなかを壊してしまったそうだ。このエピソードをきっかけに、“冷蔵庫プロジェクト”が発足した。

 インドネシア向けに開発された冷蔵庫は、電気が供給されていなくても数時間であれば一定の温度を保つことが可能。通電してるときは普通の冷蔵庫だが、電力供給が途絶え中の温度が10度に達すると、冷蔵・冷凍それぞれの棚に入った専用の蓄冷材が溶けだして熱を吸収してくれるという。

 蓄冷材の主原料は水。そこへ、化学物質を混ぜて蓄冷材を作る。混ぜる材料を変えることで冷蔵・冷凍それぞれの温度を制御しているのだそうだ。通常は0度を下回らなければ液体が固体になることはないが、この蓄冷材は5度で凍るため、冷蔵庫に入れながらにして常に停電への備えができる。その効果を検証した結果、冷凍庫ではアイスキャンディーが、冷蔵庫では生クリームが6時間溶けなかったという。


シャープの日本酒 シャープ研究開発事業本部の内海夕香さんと、保冷バッグに入っている蓄冷材

 「停電のとき、ある一定の時間温度を保つことができたら、食材も無駄にならないしおなかも壊さないで済むのに……」――そんな思いから生まれた冷蔵庫は2014年に商品化。現在も定番の商品として販売されており、エジプトでも展開しはじめているという。

 ところがこの技術、電気の共有が安定した日本で活用するにはなかなか難しい。そこで最初に目を付けたのが「ワイン」だ。赤ワインは常温で飲むのが主流となっているが、日本の夏は気温が高いことから、この技術によって“適温”を保てるのではないかと考えられた。

 しかし、実際に導入されたものの市場はそれほど大きくなく、これだけでやっていくにはなかなか難しい。そんなときに出たアイデアが「氷点下の日本酒」だった。当初はワイン同様流通の際の「品質保持」がコンセプトだったが、企画から開発までを考えると商品をリリースできるのは夏。真夏のトラックは40度あるため、十分な品質保持には適さないと判断され、方向転換に至った。


シャープの日本酒

 日本酒といえば冬に飲む印象が強いが、石井酒造によれば冬に比べ夏の売り上げは10分の1以下。温度帯は5度〜55度に設定されており、それ以下のものはこれまで存在しなかったという。冷たい状態では味を感じにくいため、今回の取り組みに対し否定的な評論家もいる中、業界を盛り上げるためにもあえてそこに一石を投じようと開発されたのが「氷点下の日本酒」である。

 「これまで、日本酒業界は日本酒自体のスペックで判断されがちだった。しかし、老舗と呼ばれるわれわれの業界が先端技術を駆使して新しい市場を作ってもいいじゃないか。もし失敗したとしても、今なら“若気の至りだった”と片付けられてそれで終わり。自分が飲んでみて、おいしかったからそれでいい」(石井酒造 石井誠さん)


シャープの日本酒 石井酒造の石井誠さん

 常温の日本酒とマイナス2度の日本酒を飲み比べてみると、口に含んだときは水のような感覚でスッと入り、しばらく飲み込まずに口の体温で温まってくるとふんわりと香り立つ。香りの華やかなタイプの日本酒は、氷点下では確かに辛く・苦く感じたが、「雪どけ酒」名を打っているように、口の中に入れた雪が溶けるように、温度によって味が変わる。


シャープの日本酒 口の中で味が変わる(筆者)

シャープの日本酒

 シャープの内海さんは今回の取り組みについてこう話す――「シャープが社内ベンチャーをやるのは今回が初めて。私たちはもともと、製品を出したいという強い思いがあったが、『事業本部』ではなく『研究開発本部』だったため稼いではいけない部署だった。しかし、『研究開発事業本部』になることで開発だけでなく事業としてお金を稼ぐことができるようになった。これはまだまだ第一歩。現在開発中の、このあとの展開にも期待してほしい」。

太田智美

筆者プロフィール

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 小学3年生より国立音楽大学附属小学校に編入。小・中・高とピアノを専攻し、大学では音楽学と音楽教育(教員免許取得)を専攻し卒業。その後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に入学。人と人とのコミュニケーションで発生するイベントに対して偶然性の音楽を生成するアルゴリズム「おところりん」を生み出し修了した。

 大学院を修了後、2011年にアイティメディアに入社。営業配属を経て、2012年より@IT統括部に所属し、技術者コミュニティ支援やイベント運営・記事執筆などに携わり、2014年4月から2016年3月までねとらぼ編集部に所属。2016年4月よりITmedia ニュースに配属。プライベートでは2014年11月から、ロボット「Pepper」と生活を共にし、ロボットパートナーとして活動している。2016年4月21日にヒトとロボットの音楽ユニット「mirai capsule」を結成。

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