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» 2020年10月16日 13時39分 公開

政府の「携帯料金値下げ」は何が問題か 競争を削ぐ“その場しのぎ”の先にあるもの (1/2)

菅内閣が掲げる「携帯電話料金の値下げ」には問題が多い。どこがポイントなのか。

[西田宗千佳,ITmedia]

 菅内閣は、改革の一つに「携帯電話料金の値下げ」を挙げている。菅義偉氏の、ある種の悲願といえる政策だが、遡(さかのぼ)ってみれば、自民党は10年間ずっとこの話を繰り返しており、「自民党という政党が国民から支持を得るための一つの武器」になっている点は否(いな)めない。

photo 菅内閣総理大臣記者会見より

 筆者を含め多くのIT・通信業界関係者は、政府による「携帯電話料金値下げ論」に異議を唱え続けている。どうにも問題が多い、と思うからだ。

 だが、それが本当に「多くの人に伝わっているのか」というと、そうでないように思う。

 「携帯電話料金が下がることは良いこと。なぜ専門記者は皆、そこに反対するのか。業界側の肩を持ちすぎではないか」

 そんなふうにいわれることもあるし、友人のライターがSNSで「あなたは抵抗勢力なのか」といわれるのも目にしている。

 いや、そうではないのだ。

 個人としては、携帯電話料金が下がるのはありがたい。筆者も仕事柄複数のキャリアと契約しているので、出費は毎月4万円を超える。これでも業界内では少ない方だ。これが下がるならどれだけありがたいことか。

 だが、それでも「政府による値下げ圧力」には反対の立場をとる。なぜそう考えるかを、あらためてちゃんと解説しておきたい。

この記事について

この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2020年10月12日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから

政府が「値下げせよ」ということそのものが問題だ

 反対する理由は多数ある。だが、なによりの基本であり、最大の理由は「それは政府が強制力を持って行うことではない」という原則だ。全ての歪(ひず)みはここにある、と言っても過言ではない。

 この国は(いろいろ言われているが)資本主義国家である。価格は統制ではなく、市場による競争によって定まる。この原則からいえば、「国民が高いと思っているから、携帯電話料金を安くしろ」と事業者に直接働きかけるのは間違っている、と筆者は思う。

 政府がすべきなのは、「公正かつ円滑に行われる競争の阻害要因を取り去る」ことだ。そして、その結果として価格が下がっていくことを期待するのが、あるべき姿といえる。

 携帯電話事業は、一つの本質として「事業者が完全に対等に競争できる」状況になりづらい。電波という資源を国から借り、さらには巨大なインフラ投資が必須である以上、組織・資本が大きな企業体ほど有利になるのは否(いな)めないし、先にシェアをとった事業者ほど有利な地位を確保しやすい。もともと電話回線・通信回線が「電電公社」という国営事業であったのも、その公共性と必要な投資のバランスが重要だったからだ。

 その後、市場拡大によって「安定した顧客基盤をもつ携帯電話事業」は大きな収益が長期的に見込めるものになった。だからこそ、市場から資金を調達した上で大規模なインフラ整備をしても元が取れる。それができる企業同士がぶつかり合うのが、今の一つの姿である。

 それでも、大規模な通信企業が1つの国に10も20も生まれることはありえない。いわゆる先進主要国の場合、3つないしは4つに集約する場合が多い。寡占市場はある水準で安定してしまうもので、競争は永遠には続かない。

 そこで通信事業の場合には、「インフラを持てない企業であっても、インフラを借りることで事業を行う」ビジネスモデルが生まれる。携帯電話における「MVNO」はこれに相当する。規模は主要事業者(MNO)ほど大きくなれないが、顧客やサービス内容を限定し、小回りの利く形のサービスを設計することで、大手とは違う料金体系・サービス体系を提示し、競争力を発揮する。そこで競争が生まれ、価格の低下やサービスバリエーションが生まれるのが本来の姿だ。

MVNO関連政策に足りない「競争政策」

 だが、MNOとMVNOはちゃんと競争できているだろうか? 結果的にMNO3社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)に顧客が集中し、他社は成長できていない。いくつもの競争阻害要因があるからだ。

 最も分かりやすいのは、「通信に付帯する価値」の評価だ。

 例えば、全国に多数ある「携帯電話ショップ」のほとんどは、大手キャリアと代理店契約を交わした代理店運営の店舗である。そうした店舗が身近にあり、サポートを受けられることは、大手キャリアにとって大きな差別化要因である。

 こういう部分は全て「通信費」を源泉に生まれる。大手携帯電話事業者の通信費が高くなる背景には、販売店網とそこでのサポートの維持にかかるコストが関わってくる、という部分がある。

 だが、それを消費者は本当に理解しているだろうか?

「価格」だけが注目されてしまった結果

 安くするには何かをカットしなくてはいけない。だが一方で、何がカットされているのかを理解しなくてはいけない、という難しさもある。にもかかわらず、「格安スマホ」などという呼び方が定着した結果、「サービスの対価としての価格」ではなく「価格」だけが注目されてしまった。

 そうなると、サポートなどのサービス網を維持しつつ、価格だけを下げられる事業者は有利だ。

 そう、それが、KDDIやソフトバンクが展開する「サブブランド」だ。サブブランド構造が維持されたままで、多くのMVNOと大手が競争するのは極めて難しくなる。対抗するには、MVNOでありながら規模を大きくし、サポート拠点や量販店での端末の扱いを増やす必要が出てくる。結局「MVNOがMNO化」するわけだ。

 政府は「価格を下げろ」とはいうが、こうした構造には全く手をつけていない。価格とサービスを、その人の必要にあわせて選べるように競争を促進する必要があるのだが、そうはなっていないのだ。

 これまで政府が行った施策としては、「端末と料金の完全分離」がある。

 これは、大手事業者が特定の端末メーカーを優遇し「高価な端末に補助をつけて大幅に割引くことで、契約を誘引する」ことを防ぐ目的がある。端末メーカー同士の不公平感を削ぐ意味合いもあった。

 だが、これは結果として、競争促進ではなく「大手優遇」になってしまった。大手は販促費が減ったので利益率が上がってしまい、一方でMVNOは「安価な端末で顧客を引っ張る」ことができなくなってしまった。そこに大手のサブブランドがあると、料金を安くしたい顧客も、MVNOではなくサブブランドへ流れてしまう。

 端末が売れなくなり、競争がなくなり、大手がさらに有利になる。この政策は全くの間違いだ。

 料金引き下げを狙うなら、むしろ大手以外に有利になる施策を短期に限って導入し、持続的に競争を促せる状態へと導く方が良いのではないか。特定事業者への補助は避けるべき性質のものだが、競争正常化のために、短期なら行ってもいい、と筆者は考える。

 店頭での顧客サポートについても、「適切な料金を事業者から徴収した上で、他事業者のサービスについても推奨やサポートを受け付ける」仕組みを作ってもいいのではないか。サブブランドとメインブランドの関係を考えると、そういう形で不利をカバーしてもいいはずだ。

 そもそも「サブブランド」という存在を認めてはいけないのかもしれない。買収に伴う電波行政のねじれによって生まれてしまったが、本来はやはりどこかおかしい。

 MNOとMVNOの両方があり、お互いが消費者から見てイコールな形で競争できていることが、価格やサービスのバリエーションという健全な構造を作る。そこには構造的な難しさがあるので、国が指導力や強制力を発揮し、両者が競争できるようにすることが、本来求められる姿だと筆者は考えている。

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