このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
ファインスタイン医学研究所とZucker School of Medicine at Hofstra/Northwellの米研究チームが開発した「Determining grasp selection from arm trajectories via deep learning to enable functional hand movement in tetraplegia」は、脳から前腕のウェアラブルデバイスに信号を送り、腕と手を動かすことができる、障害を負った人を支援するシステムだ。
人は脊髄を損傷すると首から下の筋肉が麻痺したり、感覚を失ったりする。四肢麻痺では、脳で生成された電気信号が腕の筋肉に伝達されなくなる。
今回は、本人が意図した動きを生み出す手の制御システムを用い、失われた伝達プロセスを補助する。研究チームは脳に埋め込む侵襲バージョンと、脳に埋め込まない非侵襲バージョンを開発した。
侵襲バージョンでは、脳に埋め込んだインプラントが運動野の神経信号を拾い、その信号をコンピュータに転送し深層学習アルゴリズムで分析。前腕に巻かれたウェアラブルデバイスの電極で筋肉に指示を伝える。
脳に埋め込んだインプラントから、車椅子やロボットアームを動かすといったことはこれまでも行われてきたが、今回は自分自身の腕や手を動かすことに挑戦する。
手は人間の中でも自由度の高い部位で、手首をひねる、指を曲げるなど、細かい動きが多く、脳のどこの命令がどの動きに繋がるかも全ては分かっていない。研究チームは大脳皮質運動野を広範囲にマッピングできるよう、96個の電極から構成され、各電極が1秒間に3万回の活動を測定するインプラントを脳に埋め込んだ。
膨大なデータの中から“親指を曲げろ”や “人差し指を伸ばせ”という個別の信号を見つけるよう、深層学習ネットワークで学習。手首、手、各指の筋肉を制御する方法を決定するために、130個の電極からなる前腕のウェアラブルデバイスのトレーニングとキャリブレーションも行なった。
実験では、指でボタンを押す、ボトルをつかんでコップに水を注ぐなど、麻痺した人が脳のインプラントから自分の筋肉をコントロールすることに成功した。
この侵襲バージョンは実験的なものであり、患者への負担も大きいため、外科手術を行わない非侵襲方式による実用的なシステムを目指す。
非侵襲バージョンも侵襲バージョンと同様に、人が腕や手を動かす際に発生する神経信号を拾う。ノイズの多い信号を深層学習アルゴリズムで処理し、神経刺激の指示を前腕の電極パッチに送ることでユーザーの意図した動きを発動させる。実験では、脊髄損傷を負った参加者がグラノーラバーを手に取り、一口食べることに成功した。
これだけでは指で触覚を得られないため、靴紐を結ぶ、ボタンを留めるなどの、より複雑な作業はできない。そこで研究チームは、手からの触覚フィードバックを脳に送る双方向システムに取り組んだ。
人が物体をつかむと、指に装着した薄膜センサーが感覚情報を捉え、感覚野に埋め込まれた電極アレイに送られる。何かを手に取った際の圧力や、持ち上げた際の皮膚の伸縮や変形などのせん断を薄膜センサーによって検出。これにより、人は対象物を脳で感じ、必要に応じて握力をゆるめるといった微調整が行える。
研究チームは、前腕の筋肉と感覚野を刺激することに加えて、脊髄を刺激する試みも行なった。脊髄には脳からの指令がなくても一時的に体の動きを指示する能力があるからだ。このように脊髄のニューロンネットワークにも刺激を与えることで、手の動きに関与する脳、脊髄、腕の一連の接続が強化されると考えている。
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