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再びIPOに向かうArmの明日はどっちだ? NVIDIAへの売却失敗で詰腹切らされた前CEOを惜しむ(1/3 ページ)

» 2022年02月10日 10時00分 公開
[大原雄介ITmedia]

 ITmedia NEWSでRISCアーキテクチャの歴史Apple Siliconへの道PCアーキテクチャの変遷を連載し、コンピュータアーキテクチャ、中でもArmの動向に詳しい大原雄介さんに、ソフトバンクグループ(SBG)がNVIDIAへのArm売却を中止する至った背景を解説してもらった。


 実をいうと、SBGの決算発表のタイミングはちょうど近所のDIYショップに買い物(2月10日の降雪に備えて、鉄シャベルを購入)に行っていてリアルタイムでは見ていないのだが、戻ってくると軽いお祭りになっていてちょっと驚いた。

 内容そのものは「そりゃもう他にやりようがないよね」という話で、それほどの驚きはなかったのだが、直後にまたしても担当の松尾氏より「Arm買収、本当にできるの?→できなかった、これからどうする? というお話を1つ」という依頼をいただいた。ただArm側の記者説明会(というか、ほとんどが質疑応答であった)が翌朝(日本時間の2月9日午前1時)から予定されていたので、これを聞いてからまとめたい、と返事して今に至る形である。ちなみに質疑応答の内容そのものは筆者のこちらの記事にまとまっている

 さて、まず基本的な発表はこのスライド1枚に集約される(写真1)。

photo 写真:あくまでも上場を「目指す」だけで、場合によっては2023年度以降にずれ込む可能性がある

売却中止には何の驚きもない

 もともとNVIDIAによる買収が発表された時点での筆者の見解はこちら。まぁムチャというか、普通に考えたら通るはずもない買収であり、何か秘策があるのかと思ったら単に力押しでしたという話で、売却中止そのものには何も驚きはない。

 今回の買収中止に伴い、NVIDIAはSBGに12.5億ドルを支払う(正確に言えば契約に伴い既に支払われていた12.5億ドルを、SBGが利益計上する)事が明らかにされたが、これは要するに大きな買い物の際の手付金であって、買主の事情で売却が中止になっても返金されないという一般的な商習慣である。

 最近では2月1日に台湾Globalwafersが独Sitronic買収を断念したが、この際に5000万ユーロの契約解除金を支払っている。Sitronics買収に当たってのGlobalwafersの支払金額はおよそ43.5億ユーロで、契約解除金は総額の11.5%ほど。NVIDIAはSBGに総額400億ドルを支払う予定だったから、12.5億ドルはわずか3%ほどでしかない。

 強いて意外な点を挙げれば12.5億ドルの代償にNVIDIAは今後20年間Armのライセンスを保持できるという条項が付いたことだ。

 年額にして6250万ドルは、NVIDIAクラスの会社が支払うライセンス料としてはそれほど高くない(というか、多分割安)であって、実質NVIDIAはほとんど損がない。この取引で一方的に損をしているのは、NVIDIAから受け取れるはずだった20年分のライセンス料がパーになったArmであって、踏んだり蹴ったりといったところか。とはいえ子会社の立場でそれにクレームをつけるのは難しかっただろう。

 この売却発表に合わせ、SBGの孫氏のインタビュー動画が上がっているが、本質的に孫氏が事業家というよりは投資家という時点で、氏の語るArmの強さなるものは「このように魅力的なのでみんなArmの株を買ってね」というセールストーク以上のものではない。

 また、決算発表では調整後EBITDAが2021年には9億ドルになる(写真2)とされているが、そもそも買収の目的が「これまで利益という形で株主還元に廻していた分を投資に振り向けることで、より競争力のある製品(IP)を開発する」という話だったわけで、逆に投資を買収以前のレベルまで戻せば利益が増えるのは当然である。

photo 写真2:V字も何も、Private Companyということで株主の意向に沿って利益を下げて投資に振っていたにすぎないわけで、この辺りの数字のマジックを鵜飲みにするとだまされることに

 実際質疑応答の中でCFOのインダー・M・シング氏も「Armは基本的に自己資金で長期投資を行うタイプの企業で、これはSBG傘下の5年間も変わっていない。違いは、SBG傘下にあるときは利益率を下げ(それを将来の投資に振り分け)るのが簡単なことだ。ただ現在は以前と同程度の利益率に戻り、今後はさらに高い利益率を設定するかもしれない。今後5〜7年間は、株式公開企業として資本を調達し、より自由度の高いビジネスを展開できると考えている」としており、利益率を戻すことはそれほど難しくはない。

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