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再びIPOに向かうArmの明日はどっちだ? NVIDIAへの売却失敗で詰腹切らされた前CEOを惜しむ(3/3 ページ)

» 2022年02月10日 10時00分 公開
[大原雄介ITmedia]
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そして前CEOだけが貧乏くじを引いた

 こうした方針転換の陰で、一人貧乏くじを引いたのが前CEOのサイモン・シガース氏である。もともとシガース氏は1991年にArmにエンジニアとして入社。2001年にエンジニアリング担当VPに昇格したあと、さまざまな役職を歴任して2013年にCEOとなった(写真4〜6)。

photo 写真4:これは2002年10月に開催されたMicroProcessor Forum 2002の「First Members of the ARM11 Product Family」というセッションで「ARM1136J-S/JF-S」の発表を行うシガース氏。ちょうどエンジニアリング担当VPになって1年が経過した頃。まだ若い
photo 写真5:2014年のArm TechConの基調講演より。この頃はまだこの顔だった

 もともとこの頃までArmの基本方針は、シガース氏の前任者であるウォーレン・イースト氏の戦略に基づいていた。つまり「Armを買収するよりも、Armからライセンスを受けた方が安い」である。

 そのためにEPS(Earnings Per Share、1株当たり利益)を高めることで株価を高値安定させることで、買収を難しくするというものだった。

 この戦略が孫氏の前に崩れたのはまぁ仕方がない(孫氏の方が一枚上手だった)ということなのだろうが、株式を買収されてしまえば、シガース氏としては株主の言いなりにならざるを得ない。

 これはNVIDIAによる買収案が出た時も同じであって、確かにシガース氏はSBGの取締役会に加わっていたとはいえ、孫氏とNVIDIAジェンスン・フアンCEOが買収を決めたら、そこに異を唱えられる立場にあったとは思えない。

 かくしてシガース氏は(本心はどうあれ)NVIDIAによるArm買収を推進する立場として動かざるを得なかったと思う。

 この結果として、例えば社内に対してIPOは投資や拡大、迅速な行動などの障害になると語ったり、英国CMA(Competition and Markets Authority:競争市場庁)に対してNVIDIAと共同で、「株式公開は非現実的であり、R&Dの投資を減退させ、またRISC-Vとの競争で不利になる」といった答申を行っている

 これは子会社のCEOという立場としては当然の発言や発表ではあるのだが、買収がキャンセルになり、再びIPOを目指すという方針が出てくると、これまでのシガース氏の発言は何だったのか? ということになる。

 この状況で引き続きCEOを続けると、IPOを成功させたいSBGの立場としてはいろいろ齟齬が生まれることになる。結局シガース氏は自分の落ち度ではない失敗で詰腹を切らされた格好である。

 かくしてシガース氏は突然の更迭となった。プレスリリースに記された短いメッセージの裏に、そこはかとない諦念を感じるのは筆者だけだろうか? シガース氏の次の活躍を祈ってやまない。

Arm has defined my working life, and I am very thankful for being given the opportunity to grow from graduate engineer to CEO. I'm very bullish on Arm's future success under Rene's leadership and can't think of any anyone better to lead the company through its next chapter.

Armは私の仕事人生を決定付けた会社であり、新卒エンジニアからCEOまで成長する機会を与えてくれたことに大変感謝している。レネはArmを次の章に導くリーダーとして最良の人材であり、Armの将来の成功に期待している

photo 写真6:2019年のArm TechConの基調講演。突如髭面に。「ねぇサイモンに何があったの?」「いや知らない」(当時のAPACのPR担当VPとの会話)
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