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脳の血管にロボット注入、音で操作し自在に移動 マウス実験に成功 スイスの研究チームが発表Innovative Tech

» 2023年02月24日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。Twitter: @shiropen2

 スイスのETH ZurichとUniversity of Zurichに所属する研究者らが発表した論文「Acoustic trapping and navigation of microrobots in the mouse brain vasculature」は、脳内血管に音響で操作できるマイクロロボットを挿入する手法を提案した研究報告である。

 バブル(気泡)から作られた生物学的マイクロロボットが、生きたマウスの脳内でリアルタイムに追跡しながら音響放射によって操られ移動することに成功したという。

(A)in vivo研究のためのセットアップの図、(B)2光子顕微鏡で可視化されたマウスの脳血管、マイクロロボットを形成する蛍光マイクロバブルの群れを赤色で示している

 人間の脳は、860億個の神経細胞、850億個の非神経細胞、650km以上の血管からなる、自然が作り出した最も複雑な臓器の1つである。そのため脳の研究は、脳の複雑さとそのアクセスの難しさもあり、困難な分野である。

 もし、脳の血管内を自在に移動できるマイクロロボットが登場すれば、脳の研究に新たな可能性をもたらすだろう。

 しかし脳の血管は他部位の血管と比べ、困難な物理的条件(例えば、逆流、入り組んだ血管網、密集した不均質な流体環境)に直面し、標的領域に向かって移動することを阻んでいる。

 脳内では、現在までに磁気マイクロロボットだけが研究されており、マウスモデルのin situでの限定的な操作が実証されている。磁気駆動は正確なナビゲーションを提供するが、磁性粒子に依存するため、マイクロロボットの生分解性が制限される。一方、音響的なアプローチは、脳の生理学的な環境においてマイクロロボットの捕捉とナビゲーションを成功させることはまだ実証されていない。

 この研究では、脳血管内におけるマイクロスケールのロボット操作をマウスの頭蓋骨を通過する音響波で行う手法を提案する。マイクロロボットは、ガスで満たされた脂質でコーティングされた蛍光マイクロバブル(マイクロスウォーム)の集合体で構成される。サイズは、幅1マイクロメートル以下となる。

 音響放射の影響により、生きたマウスに注入されたマイクロロボットは自己集合すると同時に、血流からの抗力が小さい血管壁に付着する。マイクロロボットの位置は、2光子顕微鏡でリアルタイムに追跡される。その後、マイクロロボットは最大10mm/sの流速の下で、血管壁に沿って制御された移動が可能となる。

マウス脳血管系におけるマイクロバブルによる群形成。音響信号のもと、マイクロバブルは時間とともに凝集し、血管壁に付着する

 今のところ、マイクロロボットを大脳皮質と呼ばれる脳の上部領域までしか移動させることはできていない。もっと深いところに行くには、より複雑に入り組んだ血管を経由しなければならず、現段階では困難だという。

 今回の手法は、低侵襲で、複雑な脳毛細血管網に対応し、生体内環境で再現可能な外部操作アプローチである。これらの結果は、生体脳内での超音波によるマイクロマニピュレーションの理解と実用性をさらに高め、ドラッグデリバリーの新たな標的戦略をサポートするものである。

Source and Image Credits: Alexia Del Campo Fonseca, Chaim Gluck, Jeanne Droux, Yann Ferry, Carole Frei, Susanne Wegener, Bruno Weber, Mohamad El Amki, and Daniel Ahmed. Acoustic trapping and navigation of microrobots in the mouse brain vasculature



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