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「AIだからすごいんでしょ」を超えていけ──ヤマハが異例の“生成AIボカロ”オープンβテストに踏み切ったワケ 仕掛け人の「AI美空ひばり」開発者に聞く(1/2 ページ)

» 2023年09月13日 19時30分 公開
[谷井将人ITmedia]

 ヤマハの代表的な製品の一つに歌声合成ソフト「VOCALOID」があるが、同社は8月、これに連なる新ソフト「VX-β」を発表した。これは楽譜を入力するだけで、微調整せずとも人間らしい歌声を出力する生成AIだ。名前にある通りこれはまだβ版で、同社はこれをクリエイター向けに無料公開して反応を探っている。

photo 「VX-β」

 スタートアップ企業であれば「新しいソフト/サービスを作りました。βテストをします」という流れもよくあるかもしれないが、老舗かつ大企業のヤマハがオープンβテストをやるのは、同社グループとしても非常に珍しいという。

 ではなぜ今回このような取り組みを実施するに至ったのか。ヤマハのAI研究・開発者である才野慶二郎さんと、大道竜之介さんに話を聞いた。

photo ヤマハの大道竜之介さん(左)と才野慶二郎さん(右)

 この2人は2019年に世間を騒がせた「AI美空ひばり」の開発者でもある。今回のオープンβテストは当時から4年たち、様変わりした生成AI業界の事情も関係する。そこには生成AI時代の製品デザインの難しさが隠れていた。

ヤマハは技術アイデアを受け取らないようにしている

 VX-βは音楽制作ソフト上でプラグインとして動作する生成AI。楽譜を入力するとすぐさま人間らしい歌声を生成できる。声の強弱や息成分の量などもリアルタイムに編集できるスピード感が既存のAI歌声合成ソフトとの差別化点になっている。クリエイターに提供して作品を作ってもらい、今後の製品開発に生かすためのソフトであって、VX-β自体を製品化する予定はない。

 才野さんによると、今回のオープンβテストはVOCALOID部門に限らず、ヤマハグループ全体的に見ても非常に珍しいことだという。

 「今までもクローズドでアーティストの方に検証していただくことはありました。でも、僕らとしてはオープンにやっていくことにとても価値があるだろうことは感じていたので、オープンβテストをする上で存在していたハードルをどうやったら超えられるかをちゃんと一個一個考えました」(才野さん)

 実は、ヤマハがオープンβテストをすること自体が異例なのは理由がある。というのも、同社は外部からの技術的アイデアを受け取らないようにしているのだ。

 同グループの問い合わせページには「技術・アイデアなどのご提案」という項目がある。そこには以下のように書かれている。

photo

 「技術・アイデア等に関する外部の方からのご提案は、当社独自の研究・開発等とそのご提案が偶然類似してしまう可能性や、類似することによって将来的に当社との間に誤解や紛争が生ずる可能性がございます。(中略)従って、いまだ特許等の権利として成立していない技術・アイデア等につきましては、もしお送りいただきましたとしても、そのままご返送させていただくことになります」

 要約すると、知的財産権トラブルになる恐れがあるためアイデアは受け取らないということだ。

 知的財産権トラブルは京都アニメーション放火殺人事件以降に広く知られるようになった。同件は現在裁判中だが、これまでに青葉真司被告が自作小説のアイデアを京都アニメーションに盗用されたと思い込んだことが動機の一つと報じられている。アイデアを受け取ることはさまざまなリスクになる可能性がある。

photo ヤマハのプレスリリースには当初「得られたフィードバックを基に改善する」という旨の記述があったが、このポリシーに基づき、後に「クリエイターの創作活動を基に試作プラグインを改良する」という書き方に変更している
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