放送のIP化にまつわるトピックスを追い続けている本連載だが、連載をスタートさせた2022年は、日本はちょうどIP化行きの最初のバスに乗り遅れたところであった。それというのも、当初20年の予定だった東京オリンピックに機材更新のターゲットを絞ってきたため、IPはまだ早いという慎重論が大勢を占めていたからである。
実際には世界的パンデミックの影響でオリンピックが21年に延期されたことで、一部の現場ではIPでシステムが組まれ、実際に運用もされた。ただそれはあくまでもイベントベースでのテンポラリシステムであり、放送局内のIP化とはちょっと違う話である。
伝送の効率化からスタートしたIPは、やがてシステム全体のコストダウンにつながることが分かってきた。だが巨大システムであるキー局全体をいっぺんにIP化することは難しく、部分的にIP化することでメリットを出していこうという動きが出てきたのが、23年ぐらいまでの流れである。
一方で24年に入って、地方局でIP化の動きが活性化し始めている。昨年のInter BEEでは、そうしたIP化に関心の高い地方局が集結し、「IP PAVILION」で展示を行った。今年もさらに進化した展示が見られそうだ。
既にいくつかの地方局の状況なども伺っているところだが、地方局で推進するIPは、当初考えられていた目的とは違うところでメリットを発揮しつつある。
放送における技術分野は、大きく分けて送出技術と制作技術に分けられる。送出技術はいわゆる運用技術であり、マスターの運用をはじめ、局内システムの保全や監視といったことがメインになる。一方制作技術は、番組制作時における技術支援がメインで、スタジオカメラや照明、スイッチング、ミキシング、収録、編集といった分野を担当する。
ただこの分け方も、実際にはかなりにじむところがある。制作も送出もシフトで担当するところもあるだろうし、編集はディレクターが担当したり、番組局と報道局が分かれている場合は、報道・中継カメラマンは技術とは別組織になっている場合もある。
技術的にはどの分野でもIP化は可能だが、一番手が付けにくいのはマスター周りの送出技術だろう。ここは運用を止められない部分であり、基本的にはコストがかかってもうまく動いているなら触らないのがセオリーである。一方で制作技術の方は、基本的には局内システムなので、部分的にIP化して徐々に広げていくといった展開が可能だ。地方局でも、スタジオサブ周りからIP化していく流れは既に始まっている。
その一方で地方局が抱える深刻な問題は、技術者不足だ。現在ギリギリで回っていても、年長の技術者からどんどん定年退職していくし、放送技術、さらにいえばテレビ放送自体に興味を持ってくれる若い人が減少している。少子化の影響はもちろん、人口流出にも歯止めがかからず、募集しても若い技術者が応募してこないという現実もある。
コスト面でも運用面でも、もうSDIじゃないという技術トレンドはもちろんあるのだが、それ以上にIP化すれば人員削減になる、働き方改革になるというほうが、メリットとして強く出始めているのが、今の地方局IP化の姿ではないだろうか。
局内にいくつもスタジオを用意できない小規模な地方局では、特番対応する場合などにはセットチェンジも含め、システムの組み替えが多く発生する。通常であれば、夕方のニュース番組終わりからセット替えして、別の番組のシステム用に技術者総出で深夜までケーブルを引き回したりパッチベイでつないだり対応していたはずだ。
だがカメラやスイッチャー、モニター、音声周りなどが全部IPで立ち上がっていれば、結線変更も手元のPCからルーターの設定変更で済むようになる。一度組み上げて設定をファイル化しておけば、次の組み替えはファイルのロードだけで済む。元に戻すのも、元設定のファイルを読み込むだけだ。システムチェンジが1人だけで済むというのは、大きな省力化になる。
オペレーションにしても、例えばスイッチャーがソフトウェアすることで、PC上で操作できるようになる。技術職でなくても、ディレクターに少しレクチャーすれば、簡単なスイッチングなら任せられるだろう。専用コントロールパネルは使いたい人が持ってきて使えばいいだけの話で、サブに常設してある必要はない。
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