このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
X: @shiropen2
英ノッティンガム大学などに所属する研究者らがNature Communicationsで発表した論文「Biomimetic supramolecular protein matrix restores structure and properties of human dental enamel」は、歯のエナメル質を修復・再生できるゲル素材を開発した研究報告だ。このゲルは歯に塗布するだけでよい手軽さを併せ持つ。
歯のエナメル質は硬い組織で光沢のある薄い層であり、毎日のそしゃくや酸による侵食から歯を守る重要な防御壁となっている。エナメル質の劣化は虫歯の主な原因といわれる。しかし、そんなエナメル質の致命的な弱点は、一度失われると人体には再生する能力がないことだ。
エナメル質が損傷を受けると、現在の歯科治療では人工材料で補うしかなく、これらは天然エナメル質の複雑な構造や優れた機械的特性を完全に再現することはできていない。
今回研究チームは、歯のエナメル質を効果的に再生する技術の開発に成功した。開発されたゲルの特徴は、乳幼児期に歯のエナメル質が形成される際に働く天然タンパク質(アメロゲニン)の機能を模倣している点だ。
このゲルは、「Elastin-Like Recombinamer」(ELR)という特殊設計されたタンパク質で作られている。歯の表面にELR溶液を塗布すると、歯の表面に薄くて丈夫な層が形成され、エナメル層の亀裂や穴に埋まるように浸透していく。その後、唾液中に含まれるカルシウムとリン酸を取り込んで、エピタキシャル成長と呼ばれるプロセスを経て、天然のエナメル質と同じ構造と特性を持つように再構築される。
再生されたエナメル質の性能における硬度と弾性は、天然エナメル質とほぼ同等まで回復し、摩擦係数や耐摩耗性も元通りになったという。耐久テストにおいても、450日分の歯磨きに相当する摩擦試験、3.5年分のそしゃくを模擬した負荷試験、酸性溶液への暴露試験の全てで、再生エナメル質は天然と同等以上の耐久性を示した。
このゲルは歯の表面だけでなく、露出した象牙質の上に塗布することも可能で、象牙質の上にエナメル質のような層を成長させることもできる。
研究チームは「Mintech-Bio」というスタートアップ企業を設立し、商品化に向けた取り組みを開始している。
Source and Image Credits: Hasan, A., Chuvilin, A., Van Teijlingen, A. et al. Biomimetic supramolecular protein matrix restores structure and properties of human dental enamel. Nat Commun 16, 9434(2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-64982-y
ブタと人の細胞で作った「生きた歯」 インプラントや入れ歯の代わりになるか 米研究者らが発表
歯ぎしりの音をイヤフォンで拾い個人認証 米国チーム「ToothSonic」開発
古代のサメ「メガロドン」、実は温血動物だった 歯の分析で判明
歯でジェスチャー入力 機械学習で13パターンを区別 コーネル大など「TeethTap」開発
オレンジページから“性的広告”は消えたが、「足の爪どアップ」や「インプラントの歯茎」もツラいCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR