経営者の本棚に並ぶのは、最新のビジネス書やテクノロジーに関する書籍だけではありません。私自身、20代の頃から繰り返し紐解き、仕事への姿勢や考え方に最も深い影響を与えてきたのは、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)です。幕末という激動の時代を駆け抜けた坂本竜馬の生き様は、現代のビジネス、特に変化の激しいIT業界における経営判断や人との接し方において、普遍的な示唆に富んでいます。
「竜馬がゆく」は、私にとって事業の本質、人の本質、そして自分自身の本質を常に問い続けてくれる欠かせない1冊です。私が竜馬の言動から学んだ最も大きな教訓の1つは、「本質を見極め、枝葉末節にこだわらない」という姿勢です。竜馬は服装に無頓着で、身分の高い人物に会う際にも、当時の常識に反して身なりを改めることがなかったと描かれます。
彼にとって重要なのは、着るものや形式ではなく、話す内容や成し遂げようとしていることの価値でした。これは、目先のプレゼンテーションの体裁や形式よりも、提供するサービスやアイデアの本質的な価値こそが重要である、という私の信念に強く影響を与えています。
幕末の志士たちが激しく議論を交わす中で、竜馬は不必要な議論の無用さを語っています。勝敗が決しても遺恨を残すだけで、本質的な前進につながらない議論を避け、目指すべきゴールに向けた実質的な行動を貫くという彼の考えは、対人関係や社内の意思決定において、私自身が常に立ち返る指針となっています。
2つ目の重要な学びは、「時機(タイミング)の捉え方」です。幕末の世の中はまさしく沸騰し、多くの志士が焦りから爆発的な行動を起こそうとしていました。しかし竜馬は、むやみに行動するのではなく、自分が活躍すべきタイミングを確実に見極め、本質的な行動(例えば、薩長同盟や海援隊設立といった日本を動かす行動)を貫きました。
これは、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)から生成AI、マルチプラットフォームへとビジネスモデルを転換する当社の戦略立案や、日々の経営判断において、非常に重要な教訓となります。世の中のトレンドに煽られることなく、今、何をすべきか、いつ行動すべきかを冷静に見極めることの重要性を、竜馬の生き様から学んでいます。
そして、この本を長きにわたり読み続けてきた中で得られた、最大の喜びがあります。それは、人生のステージによって、本から得られる気付きや感情が変化することです。20代では純粋に竜馬をはじめとする志士たちの思想や行動に触発され、「世の中で何かを為したい」という情熱を学びました。さらに30代では、物語の登場人物が自分よりも年下になっていくにつれて、自分自身の置かれた環境や、目指すべき活躍への焦りを感じさせてくれました。
40代になった今読むと、20代のころの自分自身の情熱や考えを思い出し、初心に立ち返らせてくれる鏡のような存在になっています。この先、50代になってこの本を再び開いたとき、竜馬の生き様から、またどのような新たな感情や教訓を得られるのか。
その変化こそが、この本を繰り返し読むことの醍醐味(だいごみ)であり、今から楽しみでなりません。時代は変わっても、人を動かし、社会を革新する原理原則は変わりません。
2002年に博報堂に新卒入社。以来営業及びビジネスプロデューサーとして、アルコール飲料、自動車、トイレタリー、医薬品、ITサービスと様々なクライアントを担当。マーケティング戦略から各種プロモーション設計・実施、メディアプランニング・バイイングなど、様々な領域を経験し数々のプロジェクトを担当。23年4月よりインキュデータに出向し、25年7月より現職。
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