まつもとあつしの「アニメノミライ」
全編生成AIドラマ「サヨナラ港区」制作の裏側――スタッフはたった2人、2カ月で生んだ2万カットの執念(3/3 ページ)
ファミレスでの気付きと、放送局としての責任
――リップシンクの過酷な調整作業の中で、汐口さんはある「悟り」を開かれたそうですね
汐口:ええ。来る日も来る日もコンマ数秒単位で口の動きとせりふを合わせる作業を続けていたある日、飲食店で隣のテーブルの親子連れがふと目に入ったんです。お母さんが子供を怒鳴りつけていたんですが、それを見て僕は「あ、この人、リップシンクしてないな」と思ってしまった。
――完全に職業病ですね!
汐口:はい。でもそこでハッと気づいたんです。現実の人間だって、怒ったり笑ったりしているとき、他人はその口の動きが正確に言葉と合っているかなんて厳密には見ていない。多少のズレがあっても、表情のトーンや空気感でストーリーは伝わるんだと割り切ることができました。そこからは、映像の口の動きに合わせて脚本を後から書き換えるといった、柔軟な編集ができるようになりました。
――放送局としての権利や倫理面でのハードルについては、どのようにクリアされたのでしょうか
汐口:読売テレビの法務や考査部門と密に連携しました。AIを巡る世の中の議論や局の倫理規定などとも照らしながら、番組ではAIドラマならではのディスクレーマーを明示することになりました。
本作で表示されたディスクレーマーは以下の通りだ。
この物語は、動画生成AIの「可能性と限界」を知るために全編の映像制作にAIを活用しています。映像を生成するためのプロンプト(指示)において、特定の人物・団体・作品名などの名称は、一切使用しておりません
――倫理観という面では、宮城さんは、AIを取り巻く現状に対して、クリエイターとしての強い思いをお持ちですね
宮城:実は、僕は今のAIを取り巻く状況に強い「憤り」を感じている部分もあるんです。クリック一つで著作物を「ポンだし」し、オリジナルオーサーへの配慮やリプロスペクトを欠いたまま消費される現状。そういう人たちと同じように見られたくない、という思いが強くありました。
――だからこそ、「正しいAIの使い方」を示す必要があった
宮城:その通りです。プロンプト1つから徹底的に管理し、権利関係をクリーンにした上で地上波で流す。それがプロのAIクリエイターが示すべき姿だと信じていました。映像の理屈を知るプロが責任を持って使えば、AIは教育や次世代の表現を無限に広げてくれるものです。AIプロンプトを用いた映像制御は教育にも役立つし、予算や本格的な機材は使えない子どもたちでも自由な発想で映像制作ができる可能性を広げてくれる。そういったポジティブな側面を伝えていきたいですね。
――AIというツールを手にしても、最終的にクオリティーを決めるのは、人間の「映像への理解」と、不当な利用を許さない「誠実な執念」なのだということがよく分かりました
汐口:AI企画という言葉が特別ではなくなり、演出の一部として当たり前に溶け込んでいく未来が、すぐそこまで来ている。本作がその適正な活用のための、1つの確かな道しるべになれば嬉しいですね。
今回の取材で印象的だったのは、AIという最先端技術を使いながらも、その実態が「2万カットの選別」や「目視による微調整」、そして「倫理的整合性のための検証」といった、地道なジャッジの連続であった点だ。AIは魔法ではない。それは、意志あるクリエイターが持つ、高度なツールだ。このアナログな執念と映像制作というクリエイティブに対するリスペクトこそが、AIという技術に「ドラマ」という魂を吹き込んだのである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
まつもとあつしの「アニメノミライ」
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
Google、プライバシーポリシーに「Gmail」「Googleフォト」のデータを広告に使う例外を追加 回避方法は
-
2
「年齢は合ってますが、人間ではありません」 6歳の飼い猫に届いた“進研ゼミの案内” なぜ届いたのかベネッセに聞いた
-
3
「5年でバッテリーが使い物にならなくなる」は本当か テスラ「モデル3」5年目点検で分かったこと
-
4
GMO熊谷代表「社内ホワイトハッカーが事前に指摘」も対策遅れ、国に「能動的サイバー防御」要請 「責任転嫁では」SNSで批判も
-
5
グッスマに不正アクセス、公式EC閉鎖 会員の住所や注文履歴など漏えいか 再開目処立たず
-
6
ジョーシンへの不正アクセス、最大623万件漏えいか 運転免許証2件・マイナカード1件なども
-
7
野村総研、サイバー攻撃時の「能動的なシステム停止」を支援する新サービス
-
8
タイムズカー流出で顧客らが損害賠償求め運営会社提訴へ サイト開設の弁護士が記者会見
-
9
Xの「いいね」長押しで1ドル送金 マスク氏が“投げ銭”機能を予告
-
10
たばこ休憩なき時代の“一服”をどう取るか 温熱と“聞こえない音”で休む、JT子会社のアイマスクを試す
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR