ボーイング777-200で運航される羽田からのAA134便は順調に飛行し、定刻よりやや早く、午前6時過ぎにジョン・F・ケネディ国際空港に到着した。外はまだ暗い。私たちはアメリカン航空の空港ラウンジ「アドミラルズクラブ」でしばらくくつろいだあと、9時ちょうど発のマイアミ行きAA647便(ボーイング757)に搭乗。3時間後にはマイアミ空港に降り立ち、こうしてカリブ海へのクルーズ船、カーニバル・イマジネーション号に乗り込んだ。
空は青く、どこまでも澄みわたり、その空を映し出したカリブの海はさらに青みを増してどこまでも広がっている。マイアミ港を出航した豪華客船カーニバル・イマジネーション号は2日目の早朝、最初の寄港地であるキーウエストに到着した。キーウエストは、アメリカ最南端に位置する人気のリゾート地。文豪アーネスト・ヘミングウェイは、作家人生でも最も多作な時期をここキーウエストで過ごしている。彼はカリブの青い海を、空を、誰よりも愛した作家だ。代表作の長編『誰がために鐘は鳴る』や『キリマンジャロの雪』『フランシス・マッコーマーの短くも幸福な生涯』などの有名な短編の多くが、この地で執筆された。
「こんにちは!」
「調子はどうだい?」
街なかですれ違う人たちが、みんな陽気に声をかけてくる。この開けっぴろげな雰囲気は、ヘミングウェイが暮らした時代からずっと変わっていないに違いない。首からカメラを提げた人たちも大勢見かける。文豪のゆかりの地を訪ねるために、世界中から観光客が訪れているのだ。
シカゴ生まれの彼が新聞特派員としてフランス・パリで過ごしたのちに、なぜここキーウエストに住み着くことになったのか? キーウエストという街の風土やここで暮らす人たちとの交流が、彼の作品群にどんなふうに影響を及ぼしているか? そんなことに思いを馳せながら、私たちは文豪が1931年から10年間暮らしたコロニアル調の館や、毎晩のように通ったという酒場「スロッピー・ジョーズ」などを訪ね歩いた。
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