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コラム
» 2005年06月15日 00時00分 公開

「燃える集団化現象」を起こすITソリューションフロンティア:視点

[小山敏幸,野村総合研究所]

 エッ!と思わず、テレビに身を乗り出してしまった。韓国で「薄型ブラウン管テレビの発売」のニュースであった。

 ブラウン管方式では薄型ができない。だから、画面の大型化ができないということで、プラズマや液晶が開発されたのでなかったのか。

 ブラウン管方式で、薄型化、大型化が可能ということになれば、既存の設備を活かすことができ、投資は桁違いに少なく済む。製品価格は半分で十分になり、おまけに画像もきれいだというのである。いろいろな技術革新の話のなかでも、この種の逆転的な発想のものは、非常に面白い。

 このニュースで思い出したのが、NHKのテレビ番組『プロジェクトX』で紹介された「プラズマテレビの開発」ストーリーである。

 当時、プラズマ方式ではフルカラー化はできないと言われていた。このため、IBM社などは開発から撤退していった。プラズマテレビは、この不可能とされてきたフルカラー化に、20年もの歳月をかけて粘り強く取り組んだ結果、完成した技術だというのである。

 このように、業界で不可能であるとされてきたことに、あきらめずに挑戦し、今日では当たり前になっているものは少なくない。

 かつてホンダは、マスキー法という厳しい排ガス基準をクリアする高回転エンジンの開発は不可能とする当時の常識を覆す、CVCCエンジンの開発に成功した。

 ホンダの高回転エンジンの開発は、創業者の本田宗一郎氏がマン島レースへの出場宣言をした後、実際のレースを見てそのスピードに度肝を抜かれ、エンジンの回転を倍にしなければ太刀打ちできないと考えたことに端を発する。

 マン島レースで欧米のオートバイメーカーに勝たないと、世界への進出はおろかオートバイマーケットから駆逐されてしまうと創業者は考えたのである。

 頼みの綱であった大学教授に相談したものの、そんなエンジンなどできるわけがないと一蹴されてしまう。しかし、技術者たちはその不可能への挑戦をあきらめなかった。

 こうした、その世界で不可能とされたことに果敢に挑戦し、ブレークスルーに成功した話はじつに痛快で面白いが、いくつかの共通点があるように感じる。「経営者の強い危機感のなかでの、わかりやすい目標の提示」と「粘り強く挑戦を続ける熱い技術者集団」の存在があるように思えてならない。

 韓国の薄型ブラウン管テレビのケースの場合、現時点では液晶テレビが高い収益を稼ぎ出しているものの、画面の大型化が進むにつれ、投資が増大する傾向にある。加えて、他の有力な新技術が登場することによって、主力の方式が交替するというリスクも決して小さくはない。いずれ、リスクに耐えられなくなるのではないか、という経営者の危機感は相当なものだったであろう。

 また、ITで世界のトップ企業と対等に渡り合っていくには、他社の特許技術に依存するのではなく、自社の技術で、逆に特許料をもらうくらいにならなければならないという思いもあったであろう。「金のことは心配するな、必ずできる。やり抜いてくれ」という経営者の期待は、技術者たちに痛いほど伝わっていたはずである。

 それは、かつてホンダの創業者が、マン島レースで抱いた危機感とも共通する。こうした危機感による、経営者の強烈な意思が、新技術開発を後押ししたであろうことは、想像に難くない。

 薄型ブラウン管テレビの開発現場では、技術者が会社に寝泊りして、思い立っては実験し、いくつも失敗しては捨て、ということが繰り返されたに違いない。

 しかし、NHKの『プロジェクトX』を見ていると、開発の成功ストーリーのなかには、必ずといってよい程、特殊な能力をもった人との出会いや、ひらめきや、関連技術の出現などがある。

 ロボット「AIBO」の生みの親である天外伺郎氏の著書『運命の法則』に、「燃える集団」という語が出てくる。いくつもの新しいことに挑戦してきた氏の経験則によれば、「チームが夢中になって仕事をしている時、突然スイッチが替わり、ひらめきや新しいアイデアが湯水のように湧いてきて、プロジェクトを成功させるのに必要な人や技術にタイミングよく出会う状況になる」という。「燃える集団」とはこうした状態を表したものだが、うまく強運をつかんでプロジェクトを成功させるには、「燃える集団」化することが不可欠だというのである。

 人事を尽くして天命を待つ、という気持ちが強運を呼び寄せるのだということは、事の大小はあれど、経験的にたしかにそうだ、という人が多いのではないだろうか。

 日本経済は、「失われた10年」と言われ、閉塞感に覆われていた時期から、ようやく抜け出そうとしている。確かな足取りで前進していくには、不可能であるという常識の壁を破るブレークスルーが必要である。そして、それに欠かせないのが「燃える集団化現象」であるように思う。

 目の前の現実に追われている技術者などは、得てして常識に縛られる。しかし、中長期的な競争環境を直視し、抱いた経営者の危機感は、技術者の感度を上回っていた、ということも多いのである。この経営者の強い危機感が、技術者たちの挑戦する意欲を後押しし、技術者たちを挑戦に駆り立てる環境を作り出す。

 このような「燃える集団化現象」を引き起こせる企業が、今後、一歩抜きん出ていくにちがいない。

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