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デジタル化で鮮明になった「映像表現の時差」気紛れ映像論(1/2 ページ)

» 2004年02月12日 20時37分 公開
[長谷川裕行,ITmedia]

 人差し指に少し力を加えれば、目の前の光景を“取得”できる。「写真」は瞬間を切り取る装置だ。切り取った映像は他者に向けて伝達されなければならない。そこに“時差”が生じる。テクノロジーは時差を極限まで縮めるが、ゼロにはできない。どうあがいても本当の意味での「瞬間」を他者と共有することは不可能だ。

 今回はこの映像表現における“時差”について考えてみよう。

死後も締め切りを守った漫画家

 2003年10月14日、漫画家・横山まさみち氏が逝去された。享年73歳。『日刊ゲンダイ』に連載されていた「それいけ大将」が最後の作品だった。大人向けのお色気漫画を描いている人、という印象が強いが、昔は「ああ青春」(*1)などの青春ものや「マイティジャック」(*2)など子供向け作品を手がけておられた。

 かつて発行されていたファンクラブ会報の誌名は「よこみちソレイユ」。自身のペンネームを略した「よこみち」にフランス語の「ソレイユ(太陽)」をくっつけた洒落なのだが、その仕事ぶりは決して横道にそれない実直なものだったという。「ああ青春」の主人公を彷彿(ほうふつ)とさせるお若い頃の風貌からも、それはうかがえる。

 『日刊ゲンダイ』には、氏の訃報と共に「それいけ大将」も平常通り掲載され、その後も最終回まで続いた。つまり、作者の死後も漫画は連載されていたのである。いつも締め切りを破ってばかりの僕としては、亡くなった後まできっちりと締め切りを守った氏の実直さに深く尊敬の念を抱くばかりだ。謹んでご冥福をお祈りする。

制作から発表までの“時差”

 以前、このコラムで「カメラのレンズ・ゴーストがリアリティを表現するための記号になっている」と書いたが、もちろん漫画の原稿をゴースト(幽霊)が描いた訳ではない。

 横山氏は、入院してペンを握れなくなってからも、体調の良いわずかな時間に連載の構想を練った。そして氏の死後も、その構想に基づいてアシスタントが最終回まで原稿を仕上げたのだ。要するにこれは、氏の指示からアシスタントの作画作業〜そして脱稿から発行までの“時差――タイムラグ”のなせる技なのである。

 編集部に原稿が届いてから店頭に並ぶまで、週刊誌で1週間〜1カ月程度、月刊誌なら2〜3カ月程度の期間が必要となる。新聞の場合、ニュースについては当然迅速だが、漫画や小説などの連載記事では、早くても数日の時差が発生する。特に漫画は手書きの原稿を写真製版するため手作業が多くなり、小説より時間がかかる。

 ITmediaのようなWebメディアではタイムラグはかなり少なくなるが、それでも皆無という訳ではない。字数の調整や画像の準備、レイアウトなどなど、最低でも脱稿から数日かかってしまうのである。

 ――ということで、今回はタイムラグのお話なのだ。

レリーズから映像取得までの“時差”

 スチルカメラという機械は、撮影者が「!」と感じてシャッターを切ってから――今は「シャッタースイッチを押してから」と言うべきだが――レンズを通過した光がフィルムや撮像素子に到達して映像が取得されるまでの間に、必ずタイムラグが存在する。

 フィルムカメラの機械式シャッターでもわずかにタイムラグが存在するが、デジカメの場合にはさらに顕著だ。デジカメは電子式スイッチだからタイムラグは限りなくゼロに近いと思う人もいるかも知れないが、実際に触った人はお分かりだろう。機種によってその時間はさまざまだが、機械式シャッター以上のタイムラグが存在する。連続撮影する場合、バッファメモリへのアクセスによって数秒間待たされることもある。

 僕が以前使っていたオリンパスの「C-3030ZOOM」は、シャッターボタン半押しで露出とピントを合わせて待機していても、最後の一押しから一瞬遅れてシャッターが切れた(*3)。

 このカメラを入手した最初の頃、街を歩いていて歩道に街路樹の影が伸び、そこへ自転車がやってくる……というシチュエーションに遭遇した。右側からやってきた自転車のタイヤがフレームの右端にかかったとき、「今だ!」と思ってボタンを押した。カメラから「ピピッ!」と音がして映像を取得した時には、自転車は遙か向こうに過ぎ去っており、液晶画面には何もない歩道だけが虚しく映し出されていた……。

過去しか写せない

 オリンパスのコンパクト型デジカメは、どうもこのあたりが弱い。レンズはいいんだけどなー。ってことで、カシオのデジカメに替えてみた。速い。もちろんタイムラグは皆無じゃないが、カシオのデジカメは連写にも強い。ただ、ハイライトの「飛び」が顕著だ(*4)。レンズと撮像部――要するに光学系の問題だろう。

 オリンパスの光学系は非常に優秀なのだが、タイムラグの大きさと連写の弱さが玉にキズなのだ(オリンパスが満を持して発売した一眼レフのE-1に関しては、まだ触っていないのでコメントを差し控える)。

 いやいや、僕は各メーカー製カメラのタイムラグについて「あっちがなんだ」とか、「こっちがかんだ」とか言いたいわけではない。僕が気にしているのは、銀塩であれデジタルであれ、撮影するという行為には必ず「シャッターを切ってから映像を取得するまでのタイムラグがある」ということなのだ。


*1 1963〜1967年単行本としてひばり書房から発行。

*2 1968年、『少年サンデー』連載。空飛ぶ原子力潜水艦とその乗組員が主人公のSFアクション。フジテレビで放映された円谷プロ制作の特撮番組が原作。テレビ版主題歌の作曲は富田勲。

*3 「レリーズ(release)」という言葉は機械式シャッターでの表現だが、デジタルでも使われている。シャッターを「切る」シャッターが「切れる」という表現もよく使われるが、この「切」は「レリーズ(解放する)」の訳である。機械的に固定されたシャッター幕や絞り羽根(レンズシャッターの場合)を解き放ち、フィルムに光を当てる行為を指す。なお、レリーズを字義通り「解放」と訳すと、絞り全開状態の「開放」と同じ音になるため混乱をきたす。

*4 一般に、デジカメはハイライト部のグラデーション描写に弱い。ネガカラーフィルムのように「焼き込めば出てくる」というものでもない。撮像素子のレンジを超えた強い光は「R=255,G=255,B=255」――要するに「ただの白」になってしまう。

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