コラム
» 2004年03月29日 09時13分 UPDATE

人はなぜテレビ番組を“録りためる”のか (1/2)

デジタル放送の普及とともに、著作権保護の仕組みも本格導入される。録画行為そのものには不自由はないとされるが、しかしわれわれの心の中には、なぜだか釈然としないものが残る。どうやら“取りためる”という行為には、より根源的な、人間の本能と言ったらいいような部分があるようなのだ。

[小寺信良,ITmedia]

 この4月から、BSデジタル放送と地上デジタル放送では「コピー制御方式」が導入される。ステップとしては、2段階。まず放送波にスクランブルがかかる。これを解くには、今までBSデジタルの有料放送で使用されていた「B-CASカード」が必要になる。この狙いは、コピー制御方式に対応していないチューナーやレコーダーの排除だ。

 そして次のステップが、既に皆様おなじみの「コピーワンス」である。これは録画そのものを禁止する「コピープロテクション」と違って、最初の録画を禁止するものではない。そこから先のダビングを制御する、ジェネレーションコピープロテクション技術なのである。

 NHKや民放連では、録画行為そのものを禁止するわけではないので、視聴には不自由はないはず、としている。だが、われわれの中にわだかまる、この不満足感は何だろう。今日はそのあたりを考えてみたい。

記憶と記録の差

 どんな番組でも、録画しといて見たら消せばいい。テレビ放送に対してそう考える人は、現時点でソニー「CoCoon」で十分、他のDVD付きレコーダーはいらないと割り切れるタイプだ。だが多くの人がCoCoonよりも、DVD付きレコーダーに飛びついたのは周知の事実である。

 この選択の意味は、リムーバブルメディアにコンテンツを保存できるかどうかにある。人はなぜ、映像を録り貯めるのだろうか。この命題を考える前のステップとして、まず最近出版業界で問題になりつつある、「デジタル万引き」から考えてみるのも面白いだろう。

 「デジタル万引き」とは、コンビニや書店に並んでいる情報誌から、必要な情報を携帯のカメラで撮影する行為を指す。例えばあなたが街へ出て、ふと思いつきで「映画みたいな」と思うとする。ここで欲しいのは、面白そうな映画のタイトル、上映中の映画館名と場所、上映開始時間、といった情報だ。

 そこであなたは、本屋へいってタウン誌を立ち読みし、必要な情報を探す。普通本屋がなぜ立ち読みを許しているかといえば、それが購買につながるからである。ではなぜ購買につながるか。それは立ち読み程度では、本に記されているすべての情報を、人間の脳が記録できないからだ。だから情報の詰まった外部ストレージとして、雑誌を購入する。

 だがあなたは、タウン誌から必要な情報を探し、記憶するとしよう。人間は一般的に、無意味な数字の羅列などを覚えるのは苦手だ。だが実際の行動に当てはめることで、それらを記憶できる。映画館の場所は、住所を覚えるのではなく、すでに知っている場所を基準にして、「ああ、あのデパートの角曲がったとこか」と覚える。上映開始時間は、「えーと今からだいたい30分後ね。ちょうどいいじゃん」と覚えるわけだ。

 これはある意味、情報の万引きとも言える。あまり誉められたことではないが、このケースでは、本来の情報そのものは、あなたの中でわかりやすい別の形式に変換され、蓄積されている。これは人間が、「モノゴトを理解する」という基本動作であり、誰にも止めることはできない。

 だが、あなたがこのタウン誌から必要な情報を、ケータイのカメラで撮ったとしたらどうだろう。脳で理解せず、別の外部ストレージの中に完全に再現性がある状態で記録する。ここが「デジタル万引き」の“スレッショルド”である。

 この行為が刑法で言うところの窃盗にあたるかどうかは、まだ訴えも判例もないと思うが、モラルとしてそれはヤバかろうということは、良識のある人なら感じるだろう。ま、そもそも本屋に限らず、お店というのは原則として撮影禁止のことが多いので、別の法で引っ張られるか、あるいは二重に罪を犯している可能性もあるわけだが。

脳内と脳外

 なんらかのコンテンツを記憶するということは、それを理解することと考えていいだろう。あるいは身に付く、自分が変化すると言ってもいい。意味深いドキュメンタリーを見たとき、あなたは登場人物の生き方や考え方を身につける。感動的なラブストーリー映画を見たとき、感情を動かされて涙し、あなたの恋愛感情が変化する。

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