コラム
» 2007年03月09日 11時00分 UPDATE

科学なニュースとニュースの科学:【第7回】逃げ遅れる人々 〜実はパニックは起こりにくい?

作家/脚本家/翻訳家/批評家でアニメのSF設定も手がける堺三保氏に、気になる科学の話題をピックアップして独自の視点で語っていただく連載コラムです。日本は津波警報が素早く出されることで評価されていますが、実はそれを聞いていても避難する人は少なく、現実に津波が襲ってきたときの被害が心配されているというのです。

[堺三保,ITmedia]

 地震、火事、事故などの災害が起こったとき、多くの人々がパニックを起こしてしまい、警察などの指示も聞かずに我先に逃げまどい、被害をさらに拡大してしまう……。これは、映画やテレビドラマなどでよく見かける光景だけど、実際にはそれとはまったく逆の事態によって被害が拡大してしまいがちだと言ったら、読者の皆さんは信じるだろうか?

 つまり、「たいしたことないだろう」と勝手に判断してしまい、場合によっては避難するよう指示されてもその場にとどまってしまう人が大勢いるというのだ。

 昨年11月15日と今年の1月13日、千島列島を震源とした地震が起こったが、このときの避難状況はまさにそういう状態だったことが総務省消防庁の調査で明らかになった(総務省消防庁報道資料:PDF)

 避難勧告が出された北海道、岩手、三重県の計25市町村から住民避難状況を聞いたところ、勧告が出た地域の住民は計11万3919人もいたのに、このうち避難所に逃げたのはたったの9001人(7.9%)しかいなかったという調査結果が出たのだ。つまり、9割以上の人たちが「避難するように」と言われたのに、その場にとどまっていたのである。

 たいした津波がこなかったからいいようなものの、もし数年前にインド洋で起こったような大津波が襲っていたら、どれだけの被災者が出ていたことか。想像するとぞっとしてしまう。

 もちろん、この調査結果は、地域によってものすごく差があることもわかっている。

イラスト

 例えば、北海道の猿払村では避難の対象者1125人全員(100%!)が沿岸部の自宅を離れ、高台の小学校などに避難しているし、同じく北海道の稚内市は避難指示の対象者623人に対し、実際の避難者は568人で、「避難率」は91.1%だったという。また、先日竜巻被害を受けた佐呂間町では、対象732人のうち677人(92.4%)が避難している。これは、竜巻の被害を受けたせいで、住民たちが災害に対して敏感になっていたためだろうが、たいした混乱もなく避難が完了したというから、実に心強い限りだ。

 ところが、津波注意報が発令されてから6分後、すばやく避難指示が出された岩手県釜石市では、指示を受けた市内約7000世帯、1万7636人のうち、64カ所の指定避難場所に逃げたのが、わずか74人だったというのだ。また、同じく岩手県の大船渡市でも沿岸住民3487世帯、1万1533人に避難勧告が出されたが、市内の15カ所へ避難した住民は390人だけ、さらに北海道根室市では避難対象となった3万1426人に対して、避難所への避難者は131人しかいなかったという。これは全体のたった0.41%でしかない。

 こういった地域差は、それぞれの地域で、防災意識が住民のあいだにしっかり根づいているかどうかの差なのはまちがいない。そして、防災意識を根づかせる取り組みがない自然なままの状態では、人は「危険を通知されても逃げおくれてしまう」ものなのである。

 広瀬弘忠氏の『人はなぜ逃げおくれるか』(集英社新書)では、こういった人間の心理状態を「正常性バイアス」という言葉で表している。

 この本は、いざというとき人々が理性を捨てて我先に逃げまどう、いわゆる「パニック」状態が起こるということは実際にはきわめてまれであるということを豊富な事例を交えて詳しく解説している。もちろん、ごくまれとはいえ、パニックは起こりうるが、パニックの発生を恐れるあまり、避難の指示が遅れたりするほうが、被害が大きくなるというのである。

 また、9.11同時多発テロのときの世界貿易センタービルでも、本当なら逃げ出す時間は充分にあったはずなのに、その場に長くとどまりすぎて亡くなってしまった人たちがいたという事例も紹介されている。

 あわてず騒がず、でも、無駄足に終わるかもしれなくとも、いったん何か危険が身近で起こったと感じたときは、さっさと逃げ出すこと。これを読者の皆さんにぜひともお勧めしたい。たとえ、あとで誰かに笑われたとしても、命あっての物種じゃないですか。

次回は発見が相次いでいる日本の恐竜化石事情について取り上げます。3月23日掲載予定)

堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」


Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

ピックアップコンテンツ

- PR -