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【第14回】質感ってなんだろう? 〜クオリアの謎科学なニュースとニュースの科学

» 2007年06月22日 10時30分 公開
[堺三保,ITmedia]

 今回は、科学じゃなくて映画の話から入っちゃうけど、筆者はこの1カ月ほどのあいだに、いわゆる夏の大作映画というやつを立て続けに何本か見たわけですよ。

 「スパイダーマン3」、「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールズ・エンド」、「ファンタスティック・フォー 銀河の危機」などだ。ついでに言えば「トランスフォーマー」の長い予告編も見た。

 これらはどれも、CG(コンピュータ・グラフィックス)を駆使した特撮がウリなわけで、特に「パイレーツ・オブ・カリビアン」に出てくる幽霊船に乗った怪人たちを特殊メイクじゃなくてCGで表現しちゃったところとか、トランスフォーマーのロボットたちが街中で暴れるところとか、あまりにもリアルですばらしい。

 ただし、ここまですごいCG映像っていうのは、そんなに多くない。今や、ありとあらゆる映画やTVでCGが使われてるけど、まあほとんどの場合は、「あー、CGだねえ」って思っちゃうレベルの絵ができちゃってる。全然リアルな感じがしないのだ。

 この差はどこから生まれちゃうのか? 思いっきり単純化して言ってしまうと、答は簡単、そのCGを作成している人たちの、CG作成にかけているお金と時間、そして蓄積された経験(=テクニック)の違いだったりする。要は「リアル」な物体に見える質感を、CGでどうやって表現するかっていうところに、どれだけ手間暇をかけられるかの差なのだ。

 ところが、そんな状況をコロッと変えるかもしれない研究が、この4月に発表された。

イラスト

 日本のNTTコミュニケーション科学基礎研究所とアメリカのマサチューセッツ工科大学の共同研究チームが、「人間が物の質感をとらえる仕組みをあきらかにした」とイギリスの科学誌「Nature」に発表したのだ。

 毎日新聞4月19日付の記事によると、

「脳や網膜は、画像の中で明るい部分と暗い部分がどう分布しているかによって、表面の光沢や明るさ、透明感といった質感を感じているという。この発見を応用すれば、簡単な画像処理で、質感をリアルに表現したり、自在に操ることができるという。

 同研究所の本吉勇・研究主任らは、物の表面に凹凸があり、明るさや光沢が異なるさまざまな画像で明暗の分布を調べた。すると、光沢が強く全体に暗い画像では、明暗の分布を示すグラフが明るい側に広がっていることが分かった。逆に分布の広がりが小さい場合には、光沢を感じにくくなる。網膜や脳内の視覚神経組織には、それぞれ明るい点や暗い点に反応する2種類の神経細胞(ニューロン)がある。研究チームは、これらの反応の強さのバランスによって、質感を知覚できるとみている。」

という。

 つまりこの発表が正しければ、人間が質感を感じるのは、主に明暗の分布だけに頼っているってことだ。

 そして、そこをうまく利用した画像を作りさえすれば、ものすごく簡単なCGでも、リアルな質感を生み出すことができるというわけである。

 これまで、CGは「いかに現実の物体に近づけるか」を追求してたけど、発想を逆転して「いかに人の目を騙すか」をもっと考えてやれば、安価でリアルな映像を作り出せるかもしれないってこと。

 という、技術的な側面だけが、新聞記事では強調されてたんだけど、実は今回の発見にはもっと大きい意味が隠されているような気もする。

 物体の質感に限らず、人が何かを見たり聞いたり触れたりしたときに感じる、すべての感覚のことを「クオリア」という。近年、茂木健一郎氏の研究で有名になってきたので、この名称を読んだり聞いたりした人も増えているはずだ。

 空を見て「青い」と感じたり、コーヒーを飲んで「苦くておいしい」と感じたり、CGのスパイダーマンを見て「リアルだ」と思ったりすることといった、外部からの刺激に対して心の中で生まれる感覚や感情を、すべて「クオリア」と呼んでいるのだ。

 問題は、この「クオリア」がどうして生まれるのか、根本的なところはさっぱりわかっていない。それどころか、ある個人と別の個人のクオリアのあいだにどんな差があるのかも、まだまだ不明なのだ。

 筆者にとって「おいしくない」と感じたものが、別の人の好物だったりというのは、嗜好の差として起こりうることなのは、誰もが納得できるけど、例えば、筆者とこの原稿の編集者である佐々木氏とが、同じ空を見たとき、その空の青さが、どの程度同じ色に見えているか、外からは測りようがないのだ。

 というわけで、「クオリア」というものは、人間がものを認識する際の、ものすごく重要な要素として、哲学的な問題となっているんだけど、さて、それを科学的に捉えるにはどうしたらいいのかということになると、まだまだ諸説が溢れていて、先が見えなかったりする。

 でも、今回の研究のように、脳内の神経細胞の働きと知覚の働きとのあいだの関連性が、すこしずつでも解明されていけば、もしかしたら、最終的には「クオリア」が発生しているメカニズムを科学的に検証できる日が来るかもしれない。

 いや、まあ、人工知能の研究みたいに、ちまちまがんばっても、なかなか画期的な成果が出てない例もあるから、楽観視は禁物なんだけど、何事も地道にトライすることが大事なんだと思うんだけど、どうだろう?

堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」


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