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カプサイシンで麻酔薬? 〜局所麻酔の新しい可能性科学なニュースとニュースの科学

» 2007年10月12日 17時30分 公開
[堺三保,ITmedia]

 去る10月4日、イギリスの科学誌「Nature」に新しいタイプの局所麻酔方法について、米ハーバード大を含むグループが発表した。どのへんが新しいかというと、今までの局所麻酔と違って、痛みを感じる神経だけを麻痺させるので、手術した部分をすぐに動かせて、痛みは感じないまま、ということが可能になる画期的なものだっていうのである。

 手術で麻酔っていうと、筆者なんかは、病院ドラマなんかで出てくるいわゆる全身麻酔(完全に意識を失っちゃうやつ)をついつい連想しちゃうんだけど、今はかなりの大手術でも患者の意識はなるべく保ったままでおこなうみたいなんだよね。全身麻酔はそれだけ危険が伴うってことなんだろうけど。

 というわけで、なるべく手術する部位だけに麻酔をするのが、局所麻酔といわれる方法で、筆者なんかは、歯医者に虫歯の治療に行ったときによくお世話になったりする。筆者同様、虫歯治療なんかで局所麻酔の注射を打たれたことのある人はよく知ってると思うけど、局所麻酔って、痛みを感じなくなるだけじゃなくて、打たれたところ全体が麻痺しちゃって、何にもわかんなくなるんだよね。

イラスト

 これは、今の局所麻酔の薬って、痛覚だけじゃなくて、すべての神経を麻痺させちゃうからで、一般的には、細い神経から順に、血管運動神経、温痛覚、触覚、圧覚、運動神経の順番で効いていくんだそうな。だから、歯医者で治療が終わった頃に、唇がうまく動かせなくなったりして、つい舌噛んじゃったりするわけですよ(って、そういう失敗するのって、筆者だけ?)。

 今回の発見は、痛覚神経だけを麻痺させて、ほかの神経はそのままっていう麻酔方法だってところが新しい。手術だけじゃなくて、いろいろ応用はできそうだよね。

 おもしろいのは、その決め手となってるのが、「カプサイシン」っていうアルカロイド系の化合物だってこと。

 聞いたことある人も多いでしょ、カプサイシンって。トウガラシの辛味をもたらしている主成分で、「ダイエットに効く」とか「脳の働きを促進する」とか、いろんな効能が(どこまでホントかよくわかんないけど)うたわれているアレですよ。カプサイシンがなんで食べ物の辛さと関係しているかというと、舌の辛味に反応する神経って、実は痛覚神経で、こいつを刺激するからなんだよね。

 これって、痛みを感じる痛覚神経細胞の多くに、カプサイシンを受け止めるたんぱく質があるからで、このたんぱく質にカプサイシンがくっつくと、細胞膜に穴をあけたような構造になるんだとか。

 今回の研究グループは、この穴を通して細胞に入り込み、神経細胞の興奮を抑えることができる分子を見つけたっていうんだよね。

 つまり、この分子とカプサイシンを同時に投与すると、痛覚神経の興奮だけを抑えることができるってわけ。まだ、ラットの足に注射しての動物実験には成功してるっていう段階なんだけど、この先の実用化に期待したいところ。

 もともと、トウガラシに局所麻酔効果がある(といっても、しびれちゃうって、ことなんだけど)ことは、昔の人は知ってたらしいんだけど、そこに着目して、まったく新機軸の薬が開発されつつあるってところがおもしろいよね。

堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。最近の仕事では、『ダイ・ハード4.0』(翻訳:扶桑社)がある。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」


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