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「協創」の結節点としてのサイエンス・カフェ「初音ミクNight」

» 2008年10月20日 17時10分 公開
[田中徹,ITmedia]

 クリプトン・フューチャー・メディア(札幌)の伊藤博之代表をゲストに10月12日、紀伊國屋書店札幌本店でサイエンス・カフェ「初音ミクNight〜科学を超えた歌姫〜」(実行委主催、北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット協力)が開かれた。約200人の参加者があり、開場30分前に100人が列を作るほどの盛況は、初音ミクと伊藤代表のブランド力の強さを改めて示した。カフェの様子や感想は多くのmixi日記やブログにアップされている。実行委員長が、カフェを企画した狙いや総括を報告する。(田中徹 北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット演習=サイエンス・ライティング=担当講師/新聞記者)

科学技術は幸せのために

photo サイエンス・カフェ「初音ミクNight〜科学を超えた歌姫〜」(北海道平岸高校デザインアートコース舘山苑佳、CoSTEP制作)

 「科学には悪いイメージもあるけど、科学は本来人間の幸せのために資するべきであって、夢がある世界観といいますか、何かを開発してそれが人の役に立つ、イノベーションを生んでいくという『協創』、それこそが科学にふさわしいと思っている」

 1時間半にわたったカフェの最後、伊藤代表に感想を求めると、こう応えてくれた。主催者にとって、これほどうれしい言葉はなかった。

 サイエンス・カフェは、科学(者)と市民が分断しているといった問題意識を背景に、英国で1990年代後半、講演や講義のような一方通行のコミュニケーションではなく、コーヒーを片手にするような気軽な場で科学者・技術者と市民が対等にコミュニケーションしようと始まった。

 一般に科学技術コミュニケーターは、「科学技術の翻訳者」「科学と市民の架け橋」と表現されるが、これはコミュニケーターの役割の一部でしかない。コミュニケーターは科学者・技術者のよき理解者であり、時によき批判者であり、カフェといった場を創造することで対話や議論を促進させるために、あらゆる役割が求められる。

 伊藤代表の言葉を借りれば「協創」やイノベーションの場をつくること。科学技術と市民が分断されるのではなく、夢のある「協創」関係を創りたい、そう意図していた主催者にとって、カフェの締めくくった伊藤代表の言葉は、主催者と問題意識を共有できていたと実感させてくれた。

コンテンツとしてのサイエンス・カフェ

 イラストを始め、歌詞(テキスト)、動画など、そしてそれらが流通する仕組み……初音ミクが切り拓いた可能性は、音楽制作にとどまらない。初音ミクはメディア(入れ物)として機能し、そこに入れるコンテンツを創っているのは、従来のメディアのような一部の特権的立場を得た人間だけではなく、無数のユーザー、ファンたちである。

 今回のカフェも、告知は従来の広報ルートやチラシ配布に頼らず、主にWebで行ったが、これは初音ミクとネットとの親和性を考慮しただけではない。告知や事前の質問集めも含めて、協力してくれたブロガー、メーリングリストの参加者一人一人とともに、カフェというコンテンツを創りたいという考えであった。言い換えれば、カフェそのものを、初音ミクというメディアに入れる「協創」のコンテンツとしてとらえることだ。

 1時間半のうち30分を、参加者と伊藤代表との対話ややりとりに当てたのも、協創や参加や共感を広げるという狙いからだ(当然ながら、ほとんどのサイエンス・カフェでは、こうしたゲストと参加者の直接対話が最も重視されている)。

 そして、カフェの様子や感想について、参加者がmixi日記やブログで多くのリポートを発表してくれている。それらは「初音ミクノ全テ」や「Science and Communication」がリンク集を作ってくれているのでご覧いただければと思う。

カフェが広げる「協創の連鎖」

 クリプトン社の地元とは言え、地方都市の札幌でこうしたイベントが開かれること自体がそもそも少ないこともあり、リポートなどを読む限り、カフェはおおむね好評だったと受け止めている。一方で、「技術的な話題が少ない(もしくは浅い)」「進行の仕切りが悪い」といった批判があったのも承知している。

 主催者の感覚として参加者の3分の1強がキャラクターとしての初音ミクファン、3分の1が理系の学部・大学院生やDTMユーザー、残りが技術志向の強い人、そして従来のカフェの常連さんであった。その関心や志向、知識の多寡は幅広い。

 参加者層のターゲット設定と目的により、カフェの設計は異なってくる。例えば「VOCALOIDとは何か?」など、すでに公表されている事実にどこまで触れるか、技術的な話題をどこまで掘り下げるか−すでに分かっている人だけをターゲットに深い話題を設定すれば、やはり多くの参加者は取り残されただろう。一方で、話題の掘り下げ方が浅ければ、すでに十分な知識を持っている人は不満に感じるだろう。

 こうした点は、企画当初から悩ましいところであった。ただ、主催者にとっては耳の痛い(しかし、ありがたい)批判を含め、「初音ミクNight」のリポートや感想という一次情報が、ほぼリアルタイムで(一部の方はtwitterも使用していたようだ)Web上にアップされるという現象、それ自体が主催者の期待していたことであり、とてもありがたいことであった。なぜならカフェが、参加者や参加者のリポート・日記を読んだ人にとってさらなる創造や参加、共感への刺激となれば、それが「協創の連鎖」の結節点となることができたと実感できるからである。

 また、今回のカフェは、科学技術コミュニケーション活動が地域や企業のマーケティング、コーディネートにも役立つ可能性があることを気づかせてくれた。

 企画立案者の一人であるCoSTEPの石村源生特任准教授は、ピアプロ開発者ブログの記事「サイエンス・カフェ「初音ミクNight〜科学を超えた歌姫〜」が終わって」(2008年10月15日 21:30)に触れ、以下のような実感を得たという。

 「地域住民にとっては、地域経済の疲弊や、自治体の財政破綻も大きなリスクであり、安定した資金基盤と人的支援のない活動は、それがどんなによい活動でも長続きしない。経済活動の促進と科学技術コミュニケーションを結びつけることにより、例えば、地域の事業体がユーザーにとって本当に価値のあるものを知り、それを提供する──そんな視点でのマーケティング力を、コミュニケーターと事業体などとの相互支援によって向上させていくような場をつくることができるのではないか」

 実行委は、初音ミクの誕生1年を祝う一夜限りの集まりだ。今回まかれたタネが、またどこかで、主催者が予想しないような形で実をつけることがあれば、と願っている。

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