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» 2007年10月24日 23時18分 UPDATE

ロードスターに見る、プロジェクトマネジメント6つの秘密

いくつもの部署を横串に差したプロジェクト。新型車はそんな環境から生まれていく。どう本部を説得するか? 部署の異なるメンバーをどうまとめていくか? そして“商品力”とはいったい何なのか? サイボウズ10周年のイベントで、マツダロードスターの主査が講演した。

[斎藤健二,ITmedia]
ks_roadstar1.jpg マツダ プログラム開発推進本部 ロードスター担当主査の貴島孝雄氏

 「大成功した車の2代目は、たいてい失敗している。これは困ったな、と」

 23年にも渡って新車が登場しなかったオープンツーシーター市場。そこに突如として現れ、全世界で大ヒットしたマツダの初代ロードスター。そんなロードスターの2代目、3代目を担当したのが貴島孝雄氏だ。

 自動車の技術的な話と思うなかれ。日本が世界に誇る物作りの現場には、すべての仕事──プロジェクト進行につながる試行錯誤と伝統が詰まっていた。10月24日に行われたサイボウズのプライベートイベントにて、貴島氏が「ロードスター開発秘話」を披露した。

“開発秘話”を話せるように記録を付けておいた

 この開発秘話講演には、実にたくさんの写真や資料が登場する。800人を超える開発担当者の写真や、各部門で行われたテスト、分析なども豊富な写真と合わせて語られた。

 「実は、開発中からできるだけたくさん写真を撮るようにしていた。記録を紡いでいった」

ks_roadstar2.jpg 開発メンバーの面々を写した写真。カメラ付き携帯も持ち込み禁止という自動車の開発現場で、意図して写真を撮りためた

 その理由は何だったのか。「開発記録だとしてカメラを向けると、みんな最初の時の想いを振り返るんです──」。事あるたびに写真を撮り、プロジェクト当初の志を思い出させるのが狙いだ。では、当初の志とは?

 話は3代目ロードスターの開発が決まった頃に遡る。

横串で1台を作り上げる

 マツダでは自動車の開発は、1車種ごとに横串のプロジェクトを立ち上げて行う。設計本部、製造本部、販売本部……など縦割りに各本部が連なり(本部ごとに本部長もいる)、プロジェクトマネージャー(主査という)が、そこに横串で携わる。

 貴島氏が主査を務めた3代目ロードスターも同様だ。複数の、仕事も役割も異なるメンバーを束ねて、1台の自動車を作っていくわけだ。部門横断のプロジェクトをやったことがある人なら分かるだろう。この調整が実に難しい。

 「こちらの要望を聞いてくれる本部長もいるが、縦の部門としての思いもある。どうすれば、私の想いを通せるか──」(貴島氏)

 そのために貴島氏が採ったのが「とにかくコンセプトを一致させる」ということだった。各本部からロードスターの担当となったメンバーたちと想いを共有する。全員を集めてのミーティングはもちろん、現在走っているオープンツーシーターの車を全部用意して、全員で乗り比べるといったイベントも数多く実施した。

誰もが“人馬一体”を感じるシーン
   
1 駐車場から出て、一般道の本線に合流する
2 交差点を曲がる
3 市内、郊外で流れに乗って走行する
4 高速道路に入り、本線に合流する
5 高速道路で追い抜く
6 ワインディング道路を走る

 コンセプトは「人馬一体」だ。初代ロードスターの頃から言われることだが、数値ではなく“車に乗ることがいかに楽しいか”を感性で感じることを目標とした。

 他社のオープンツーシーターに乗った後は、「あなたの領域の“人馬一体”とは? メールで返信してくれ」とメンバーに伝えた。サスペンションの担当者にとって人馬一体の車とは、どんなサスペンションを備えた車なのか。それを各担当者に出させたわけだ。

 数々の“人馬一体”。集まった答えを、貴島氏はまだない新ロードスターのカタログとして印刷した。中にはコンセプトだけでなく、名前付きでその人にとっての人馬一体が記されている。

ks_roadstar3.jpg 「完全社外秘」として作ったコンセプトカタログ。開発当初のメンバーの想いが綴られている

 「子供の頃を思い出すと、みんな夢は少し背伸びしたことを書いたもの。それと同じです。ただし、開発途中で方向性がズレてきたら、このカタログを持って行って、『最初のころ、こういうこと言ってたよね』と話す。すると方向性が戻ってくる」

 この最初にメンバー全員で作り上げたコンセプトを、ことある事に思い出させ、ブレをなくするということ。そのための方法の1つが、前出の頻繁に写真を撮る理由でもあったのだ。

2代目プロジェクトに告ぐ──やってはいけないのは良さをなくさないこと

 大成功したプロジェクトの第2弾。プレッシャーと共に「俺が何か変えてやる!」と意気込む担当も多い。しかし変えたことで良さが失われてしまうことが非常に多いのも事実だ。

 2代目、3代目のロードスターを手がけた貴島氏だが、初代の「らしさを継承する」と方向性を定めた。「変わっていないなら前の車に乗ったほうがいい──と言われることもあるが、敢えて継承を選んだ」(貴島氏)。ここでは変えないことこそ勇気であり、決断だった。

 例えばデザイン。「離れて見ても一目でロードスターだと分かるデザインを選んだ。逆に初代と並べて見分けがつかなくてもいい」。プロジェクトリーダーであってもデザイナーであっても、こうしたことがいかに難しいかは想像がつく。

人馬一体のコンセプトを突き詰める

 基本的なコンセプトやデザインは継承し、それを純化させたのが3代目ロードスターだった。貴島氏が話す数々のディテールを聞くと、いかにピュアな自動車なのかを感じざるを得ない。

 例えばオープン2シーターのスポーツカーで最も重要な“軽量化”。プロジェクト内で「グラム作戦」と名付けられたものを見ていこう。

ks_roadstar4.jpg

 大きな写真と共に披露されたのが、車内に設けられたバックミラー。「2代目から3代目で84グラムの軽量化に成功した部品です!」(貴島氏)

 自動車の強度をシミュレーションする構造解析でも、通常と少し視点が違う。20万の要素にかかる力を見ていくこのシミュレーションでは、強い力がかかるところが赤く表示される。貴島氏が目を付けたのは、逆に白いところだ。

 「赤いところは担当が補強してくれる。白いところには余裕があってはいけない。安全マージンを守りながら、いかに肉厚を下げるか(軽量化できるか)。0.05ミリのテストを重ねた」(貴島氏)

 通常自動車の外装に使われる鉄板は厚さ0.75ミリ。これを0.7ミリにできるかどうかをチェックしていった。

 人馬一体=運転を楽しめること──そのためにチューニング項目も“楽しめるかどうか”に主眼を置いた。例えば42個のセンサー。これはセンサーを付けて乗車し「今楽しく感じた!」という時の値を分析して、開発に生かすというものだ。

 力強い音(500ヘルツなのだという)を出すために、59種類のサイレンサー(マフラー)を試すだけでなく、インテークマニホールドのサージタンクの振動モードをチューニングしたりもした。


社内基準自体を変えていく

賢慮型リーダーの6つのスキル
能力
善悪の判断基準を持つ能力 人馬一体感、軽さは性能である。良い車、乗って楽しいことは普遍の価値
場作りの能力 コンセプトフォーラム、トリップ、体感
現場での直感力 本質を見抜く力、社内基準適合要否判断
個別と普遍を往還する力 人馬一体の徹底、開発風景の記録
清濁併せ呑む政治力 人馬一体を葵の御紋に
賢慮の組織的育成 コンセプトカタログ、コミットメント、隣は何する人

 貴島氏のプロジェクトマネジメントの工夫は、大きく6つに分類することができる(一橋大学大学院の野中郁次郎教授の研究より)。

 中でも面白いポイントが「現場での直感力」だ。社内で決まっている基準に合っていることが、製品作りでは求められる。しかし単に守るだけではダメだ、というエピソードだ。

 実はマツダの社内基準では、最低地上高(地面からの高さ)は150ミリだったのだという。しかしロードスターの開発ではこれに噛み付いた。「この150ミリという基準は、20年近く前に作られたもので、砂利道がぬかるんで掘れたときにも床が接触しないという基準だった。今、世界中を探してもこんな道はない」(貴島氏)

 貴島氏は世界中の道を調査し、150ミリは必要ないことを証明。ロードスターでは135ミリの最低地上高としたのだという。

 「清濁併せ呑む政治力」も面白い。ロードスターでは“人馬一体”というコンセプトを“葵のご紋”とし、コンセプト実現のためです──と各本部長を口説いたのだという。

「志を買っていただいている。コンセプトを買っていただいている」

 貴島氏はロードスターという商品を次のように語る。

 「車ではなく、志を買っていただいている。コンセプトを買っていただいていると思っている」

 買った人も幸せ、作った人も幸せ──。それを実現するには、良いモノを売るのではなく、そのモノに込められた志こそが商品だということだ。

 ここで、チームを一致団結させるために作ってきた写真やカタログも、再度活躍する。今回の講演のような「開発ストーリーも商品力だと思っている」(貴島氏)からだ。

 プロジェクトを成功させるには、ブレない志、コンセプトが重要。ひいてはその志自体が商品力となっていく──。ロードスターという希有な商品の背景には、現代のすべての商品やサービスに通じるものがあるに違いない。

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