営業はドラマだ――「恥ずかしさ」をぶっ飛ばせ樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

社内で“劇団”を作り、さまざまな“演目”を繰り返すと、参加者である社員からいろいろな感想が出てくる。多かったのは「部長を見て、恥ずかしさを捨てました」というコメントだった。

» 2008年03月21日 09時00分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 社内で“劇団”を作り、さまざまな“演目”(ロールプレイ)を繰り返すと、参加者である社員からいろいろな感想が出てくる。「すごく参考になりました」という「真面目型」のコメントから、「やけくそでやりました。それでも面白かった」という「食べず嫌い型」、「部長ですら、あの程度。安心しました」と「このやろう型」などである。初期に多かったのは、「部長を見て、恥ずかしさを捨てました」というコメントだった。

 筆者は部門長としてこれを狙っていたのだ。ビジネスシーンで恥ずかしさを感じると、どうしても引っ込み思案になる。営業マンが引っ込み思案になれば大事なことが伝わらず、それだけでビジネスの打ち合わせ交渉が滞ったり、面談の回数が増えてしまう。最悪「出直してこい」――となるのだ。

 特に営業は思い切って、自社の製品やサービスを勧めないと、買う側も不安になってしまう。悪いことをするのではないから、恥ずかしさは捨ててほしいというのが筆者の期待だった。

「バカ! そんな値引きができるわけないじゃないか」

 筆者は26才のころから海外に駐在して勤務していた。そのころ、言葉も文化も習慣も違うところで恥ずかしいと思っていたら、何もできなくなってしまうと痛感した。

 ある大きな案件の最終交渉の時、テーブルの向い座っているお客の交渉責任者から、「もっと値引きしなければ、他社に決める」と詰め寄られたこともあった。いくら説明しても納得しない。「これ以上値引きは無理だ」と言っても信じてもらえないのだ。文化が違う、言語が違う、民族が違う。

 「ここから値引き交渉の国際電話を御社の東京本社にかけてもいいよ」と相手がいう。「今、日本は真夜中です。それは無理です。明日まで待ってもらえないでしょうか」「残念ながら、今、決めるのだよ。隣室には貴社の競合が次の交渉を待っている。今、決めるのだよ」と全く動じない。

 筆者はテーブルに載っていたお客の電話を借りて、事務所の所長に電話した。最後の小さな値引き幅の許可を受けた後、「すみません。所長、僕のこの説明の後、できる限り大声で、日本語で『バカ、そんな値引きができるわけがないじゃないか』と、怒鳴っていただけませんか。その上で、最後の最後の値引きを提示して、この交渉を打ち切ってみます。成否は五分五分です。やってみますから」「分った。やってみよう」「ではお願いします」

 「バカ! そんな値引きができるわけないじゃないか」

 ――電話の受話器からも所長の声が漏れていたはず。「分りました」。筆者はテーブルから静かに立ち上がり、「申し訳ない。これ以上値引きできません」と断りの挨拶をして、会議室の部屋のドアまで行って、それからまたエエイとばかりテーブルに戻り、最後の値引き分を提示して、再度、部屋を出て行こうとした。本当にドアのノブを回して、一か八か舞台の外に出かけたのだ。そしたら、「分った。それで妥結しよう」と背中から声。ビジネスはまさにドラマなのだ。そしてドラマを必要としているのだ。

 こういう経験した後の筆者は、相手が大臣でも社長でも、大きく深呼吸してぶつかるように発言をした。抑えていると腹の底の「恥ずかし虫」が動き始めてしまう。だから、虫が蠢動する前に、行動に移すことを心掛けた。仕事に関しては、恥ずかしさを35年前にかなぐり捨てたのである。

子供の誘拐防止ビデオにも役立った

 筆者は毎年、このロールプレイを実施した。新しい営業品目が増える度に、ロールプレイをやろうと呼びかけた。

 ある出版社がビデオ作品コンテストを催したので、筆者は子供たちのための防犯ビデオをつくる発想を思い付き、それをシナリオ化した。演じるのはもちろん“劇団”の面々である。

 ロールプレイと新人研修の演目でならした3名が出演を快諾。1人は子供の誘拐犯、1人は単なる通行人、1人は助監督で参加してくれた。当たり前だが監督は筆者だ。知り合いの子供2人とお母さんにも特別参加してもらい、子供の誘拐防止ビデオ(タイトルは『困った君』)を作って応募したら、見事優秀作で入賞した。これもみんなの迫真の演技と(筆者の)シナリオが優秀だったからだ。賞金と賞品は、みんなで分けた。当たり前じゃないか。

今回の教訓

恥ずかしさを捨てる“演技”の陰に――したたかな計算あり。


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著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

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 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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