すでに本部の人間は帰った後だった。
「あやしい契約があったから確認しにきたって言うんです」とアネゴが言う。チェッカーが横で涙ぐんでいる。
「先月から今月に回した分か?」
「そうです。私はすましてたんだけど、チェッカーがしどろもどろになっちゃって。あ、ごめん。あなたが悪いわけじゃないのよ」。アネゴがチェッカーをフォローする。
「それで?」
「半分はなんとかごまかしたんだけど、50回線分減らされました」
ちくしょう、本気でつぶしにきている。
「で、今の順位は?」
「ほかの営業所にも査察が入っているかもしれないし、明日にならないと分かりません」
営業成績を表示するシステムは朝7時から閲覧できる。和人は自宅を5時に出て、7時に出社した。アネゴがすでに出社していた。
1位は東京南営業所。月初からずっと1位だ。7月14日現在、882回線。この調子だと、1700回線以上の争いになりそうだ。2位は名古屋営業所で785回線。横浜営業所が僅差で続く。C市営業所は526回線で11位。昨日までは7位だった。50回線はかなり痛い。どうもほかの営業所は減らされていないようだ。
「アネゴ、みんなにはこのことは黙っておいてくれ」
「はい。でも悔しい」
「オレもさ。絶対に見返してやる」
チェッカーは、その日休んだ。自分を責めているのだろう。和人はやりきれない思いだった。そして、その分さらに忙しくなった。今度は自分が倒れるんじゃないだろうか。ふと不安になった。そう思うと、昔痛めた腰が少しうずくような気がする。チェッカーと大口兄弟に事情聴取しないといけないことなどすっかり忘れていた。
次の日、チェッカーは出社してきた。まるで元気がなく、いつもの冴えが感じられなかった。アネゴが一生懸命フォローしていたが、いつもの驚異的なチェッカーの生産性は、アネゴをもってしてもフォローしきれていない。
和人がロバさんと出かけようとすると、電話が鳴った。マザーからだった。息子が怪我をしたので、病院に連れて行くという。検査もあるので、今日は休ませてほしいとのことだった。
マザーとペアで営業しているのはクオーターだが、日本語がたどたどしい彼女1人では、今日の成約は辛いだろう。30から50回線分のロスになるのではないか。
呪われているのだろうか、この営業所は――。いや弱気になったら負けだ。和人はロバさんとの同行に集中することにした。クオーターに同行するべきかとも思ったが、ロバさんチームの方が20本程度獲得見込みの契約回線数が多い。
結局クオーターの頑張りで和人が思っていたほどのロスにはならなかったが、ここに来てのロスは、それでも打撃だった。
ようやくオタクが職場に復帰してきたときには、和人は疲れ果てて、休めるものなら休みたいと思っていた。片道2時間の通勤の辛さが身にしみていた。本部を見返したい気持ちだけが和人を支えていた。
さらに不運が重なった。ジンジが技術陣に送るメールの返答が目に見えて遅くなった。和人は最初は本部の妨害かと思ったが、さすがにそこまではされなかった。課金システムのデータベースが壊れて、復旧のためにほとんどの技術者がさかれていたのが原因だった。
取引結果は残っていたので、一大事にはいたらなかったが、三日三晩技術陣は交代で復旧に当たっていたのだという。そのためロバさんチームと仲良しチームは、この間に併せて5社ほど成約できなかった。回線数にして100近いロスだ。
そんな頃だった。タカシから電話が入ったのは。
「所長。明日の夜7時から空いてますか?」
「なんだ、どうした?」
「竹田食品でプレゼンするんです」
「え? 本当か?」
「うそ言ってどうするの。向こうの部長が出てくるんで、こっちも所長に出てほしいんすよ」
「行く、行くとも。何をさしおいても」
すでに18日。このプレゼンにすべてを賭けるしかない――。
大学では日本中世史を専攻するが、これからはITの時代だと思い1987年大手システムインテグレーターに就職する。16年間で20以上のプロジェクトのリーダー及びマネージャーを歴任。営業企画部門を経て転職し、プロジェクトマネジメントツールのコンサル営業を経験。2005年にコンサルタントとして独立。2008年に株式会社ITブレークスルーを設立し、IT関係者を元気にするためのセミナーの自主開催など、IT人材の育成に取り組んでいる。
2008年3月に技術評論社から『SEのための価値ある「仕事の設計」学』、7月には翔泳社から『ITの専門知識を素人に教える技』(共著)を上梓。冬には技術評論社から3冊目の書籍を発売する予定。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.