いったい、いつの間に大口兄弟の伝説(1/2 ページ)

営業コンテストも大詰め。吉田和人率いるC市営業所も最後の頑張りを見せていたが、和人本人やスタッフも疲労がたまり、本来の力が発揮できないでいた。そんな時、大口兄弟が県内でも有数の大企業、竹田食品のアポイントを取ってきたのである。

» 2008年12月24日 14時00分 公開
[森川滋之,ITmedia]

あらすじ

 ビジネス小説「奇跡の無名人たち」第1部の続編「大口兄弟の伝説」――。営業所の存続をかけた営業コンテストを前にして、順調に契約数を増やしていたC市営業所。問題は、大企業しか攻める気のない「大口兄弟」のタカシとショージ。2人はそれぞれ過去の失敗を「リベンジしたい」と胸に秘めていたが、なかなか契約が取れないでいた。そんな折り、営業所のオタクが過労で倒れ、本部の査察で資料作りを担当するチェッカーが精神的に追い込まれ、息子のケガでマザーが会社を休んだ。そんな時、大口兄弟が県内でも有数の大企業、竹田食品のアポイントを取ってきたのである。


 さすがに疲れがたまっていた。和人は、その日は昼まで寝ることにした。午後から出社し、19時からのプレゼンに備えて、クライアントである竹田食品の会社情報をチェックした。

 創業寛永2年。1749年だ。元々は味噌を作っている会社だった。第二次世界大戦後、冷凍食品が大当たりした。C市営業所の管轄内だが、営業所からは北に30キロぐらいの距離にある。社員数は5000人。県内でも有数の大企業であり、東京、大阪にも支社がある。本社内には工場物流センターがあり、1500本の電話回線がある。ここと契約できれば、まず間違いなく全国でトップだろう。

 しかし、老舗中の老舗である。決裁が降りるまでに何人の部課長と役員の判子がいるのだろうか。和人には想像できなかった。

 大口兄弟は、別の客先から車で直行するとのことだったので、和人は電車とタクシーで行くことにした。駅から拾ったタクシーは当然のように社名だけで和人を目的地まで連れて行った。

 7月である。夜の7時でも薄明るい。郊外のせいだろう。まだ暮れきっていないのに、金星がやたらと大きく見えた。雲ひとつない群青色の空である。和人はしばし現実を忘れて見入ってしまった。以前クオーターと一緒に聞いた、モーツアルトの交響曲第41番の最終楽章のメロディーが心の中で鳴り響いた。

 和人の心に勇気がわいてきた。きっと取れる。

 大きな味噌樽のオブジェが置いてある正面玄関は、すでに閉まっていた。裏口で守衛に来意を告げると、内線電話で総務部につないでくれた。

 数分後、谷と名乗る総務課長が降りてきた。大口兄弟はすでに来ていて、プレゼンの準備中だという。

 「夜分にすみません」。和人が申し訳なさそうにいう。

 「いえいえ。こちらこそ、こんな時間にお呼び立てしてしまって。なにぶん部長も忙しいもので」

 「無理を言ってくださったんでしょう?」

 谷はそれには答えず、話題を変えた。

 「最初は、どこのチンピラかと思いましたよ」。苦笑しながら、谷は言った。

 「はあ、申し訳ありません」

 「いえいえ。まあ、アポはあったんだけど、まさか御社のような有名な電話会社の社員には見えませんでした。適当に話だけ聞いて、帰ってもらおうと思いました」

 和人はただ恐縮している。谷の話は続いた。

 「いったいどんなことを話すのかちょっと興味もあったんです。そしたら、いきなり1円切手の絵を見せて、前島密(ひそか)がどうこうって言い出すじゃありませんか。何かと思えば日本の電話の歴史の話。私はこう見えても歴史小説を読むのが趣味で、ついつい話に引き込まれちゃったんです」

 あいつら、ちゃんとオレの営業トークを学んでたんだ。和人はちょっとだけ目頭が熱くなった。しかし、何が幸いするか分からない。本当はいきなりする話ではないんだけどな。

 「なんか20分ぐらい歴史の話をしていたなあ。どうも勉強は苦手らしくて、ちゃんと覚えていなくて。こっちもフォローしましたよ。で、終わってから、それで何の話をしに来たんだと聞く羽目に」。谷は思い出し笑いをした。

 「そしたら、マイラインの契約替えをして欲しいってことで、じゃあうちのメリットを説明してみろって言ったら、ちゃんと説明するんです。こっちは正直バカにしていたから、びっくりしちゃって」

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