累計12億冊! 知られざる「ジャポニカ学習帳」のスゴさ水曜インタビュー劇場(学習帳公演)(3/7 ページ)

» 2015年10月14日 08時00分 公開
[土肥義則ITmedia]

最後にテレビCM

ジャポニガ学習帳を担当している小原崇さん

土肥: 子どものころを思い出すと、確かに百科事典って存在感がありましたよね。本棚の一番目立つところに、どーんと置いている人も多かったはず。その百科事典とコラボしたわけですから、そこから爆発的に売れた?

小原: いえ、残念ながら売れませんでした。相変わらず「ショウワノートって、聞いたことがないなあ。なにそれ?」といった反応でした。また、他のノートが30円だったのに対し、ジャポニカ学習帳は50円。価格設定が高かかったこともあって、かなり苦戦しました。

 富山の高岡市から上京してきて、かなりお金を使った。金融機関の通帳をみると、どんどん残高が減っていく中で、「残ったお金でテレビCMを打つか」と決断したんですよ。ただ、お金はあまり残っていなかったので、いわゆる“ゴールデンタイム”にCMを流すことができませんでした。昼の時間帯に『女のうず潮』(朝日放送)というドラマが放送されていて、その枠でCMを流すことになりました。お昼ご飯を食べて、ゆっくりとテレビを見ていると、ジャポニカ学習帳のCMが流れてくる。それを見た文房具店の奥さんが「なにこれ! いいじゃない!」となって、知名度が一気に上がったんですよ。

 それからあれよあれよという間にシェアを伸ばしていって、3年間で売り上げが27倍にもなりました。それまでは「ショウワノート? なにそれ?」「ジャポニカ? 知らない、知らない」といった反応でしたが、CM放送後は「ジャポニカ」という名前で“指名買い”が入るようになりました。

土肥: ほほー。ただ、競合他社も黙ってはいませんよね。同じようなことをしてきたのではないでしょうか?

小原: ですね。当時、ノートの表紙はイラストが主流だったのですが、ジャポニカ学習帳のようにカラー写真を採用するところが増えてきました。最初のころは百科事典に使われている写真を掲載していたのですが、このままではいけないということで、オリジナルの写真を使おうということになりました。どんな写真がいいかなあと社内で議論したところ、海外旅行はまだまだ一般的ではなかったので、海外の珍しい昆虫や花などを使ってはどうか? となり、写真家の山口進さんにお願することに。1978年のことですが、それ以降ずーっと山口さんの写真が、表紙に掲載されています。

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