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» 2016年05月28日 08時30分 UPDATE

「真田丸」を100倍楽しむ小話:大阪に“粉もん文化”を作った千利休 (1/2)

戦国武将に茶の湯を広めた立役者、千利休。実は大阪に根付いている「粉もん文化」を作ったとも言われています。

[ITmedia]

「真田丸」を100倍楽しむ小話

この連載では、歴ドル&信州上田観光大使を務める小日向えりさんとともに、NHKの大河ドラマ「真田丸」に登場する人物、あるいは名シーンなどを取り上げて、よりドラマを楽しめるような情報や小ネタをお伝えしていきます。連載バックナンバーはこちら


編集部F: 5月も終わりに近づき、あじさいの花がちらほらと咲き始めましたね。この季節になると、私の地元から近い、「あじさい寺」で有名な鎌倉の明月院に行きたくなります。院内のお茶処では、あじさいを眺めながらお茶も飲めます。

千利休屋敷跡(大阪府堺市) 千利休屋敷跡(大阪府堺市)

小日向: 季節の花々を見ながら、のんびりお茶をいただくなんて贅沢ですね! 私も先日、島根県の足立美術館で、13年連続日本一に選ばれている庭園を眺めながら、お抹茶をいただいたのですが、日本人に生まれて良かったと心から思いました。

編集部F: 戦国時代の茶人と言えば千利休。『真田丸』では桂文枝さんが雰囲気ある演技を見せていますね。

小日向: そうそう、関西出身の私にとってのソウルフードは、たこ焼きやお好み焼きといった「粉もん」ですが、実はお好み焼きのルーツは利休にあるのをご存じですか?

麩の焼き 麩の焼き

編集部F: いや、知りませんでした。私も自宅にたこ焼き器があるほどの粉もん好きですので、ぜひ詳しく教えてください(笑)。

小日向: 利休が茶会で頻繁に振る舞った「麩の焼き」という和菓子があります。これは小麦粉を水で溶いて薄く焼き、味噌を塗ったり、芥子(けし)の実を入れたりして、巻物状に丸めたものです。当時は小麦粉を溶かして、焼いて食べるという習慣がなかったようで、この麩の焼きが時代とともに発展していって、現在のお好み焼きのようなスタイルになったそうです。

 もちろん、お好み焼きにはさまざまな起源があると言われていますが、粉もん文化が根付く大阪の地で生まれた麩の焼き説を支持したいですね。

編集部F: 熱々のお好み焼きを頬張りながら、冷えたビールが飲みたくなってきました。

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