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» 2017年02月27日 06時00分 UPDATE

池田直渡「週刊モータージャーナル」:軽自動車の歴史とスズキ・ワゴンR (1/4)

スズキは、軽自動車の中核モデルであるワゴンRのフルモデルチェンジを行った。今回は軽自動車の歴史をひも解きながら、スズキの歩みを振り返ってみたい。

[池田直渡,ITmedia]

 スズキは、軽自動車の中核モデルであるワゴンRのフルモデルチェンジを行った。ワゴンRは1993年に初代モデルがデビューし、軽自動車のパッケージに多大な影響を与えたモデルである。

 軽自動車の歴史は、規制との戦いの歴史だ。現在も色濃く残る車両寸法や排気量のくびきを見るまでもなく、道路運送車両法の改正によって、その寄って立つ基盤が右へ左へと揺れ動くのが軽自動車の宿命である。もちろんメーカーもただ規制されて難儀するだけではなく、規制の裏をかいて商品を開発する。きつねとたぬきの化かし合いのような世界でもある。

6代目ワゴンRは従来とコンセプトを変えて登場した 6代目ワゴンRは従来とコンセプトを変えて登場した

軽ボンネットバンの時代

 スズキは1979年に初代アルトをデビューさせた。アルトは5代目フロンテの兄弟車。実は乗用車はフロンテ、商用車(ボンネットバン)はアルトとすみ分けていたのだが、「スズキ・アルト47万円」というキャッチコピーで大ヒットを記録して、フロンテからスズキの看板車種の役割を奪ってしまった。

商用ナンバーの税制優遇をうまく商品に生かすことで、軽自動車のマーケット構造を変えたアルト。発売は1979年 商用ナンバーの税制優遇をうまく商品に生かすことで、軽自動車のマーケット構造を変えたアルト。発売は1979年

 そこにはスズキらしい徹底したコストダウンという基本に加え、物品税の回避という手品のタネが隠されていた。ミニマリズムに徹した上で達成した47万円という破格の車両価格に加えて、当時15%だった物品税を免除される商用登録だったことが、さらに初期導入コストのハードルを下げた。

 軽自動車のサイズは徐々に拡大されてきているが、現行法でもまだ横幅は世界的に類例を見ない狭小さだ。まして寸法規定が今より厳しかった当時、その限られた空間の中でいかに豊かなスペースを採るかが軽自動車の商品力競争の中心だった。

 アルトはそこに「リヤシートは座らない前提」という新戦略を持ち込んだ。いわゆるバンと呼ばれる商用登録車は、リヤスペースにおける荷室の面積が過半になることが要件として定められていた。軽トラックならばともかく、乗用に使うクルマでそんなことをしたら後ろに人が座れなくなることが明白だったから、実質的な個人ニーズに向けて商用車枠を使おうなどという破天荒な戦略は誰も思いつかなかった。

 しかし、スズキがリサーチしてみると、軽自動車の日常的な乗員数は1人か2人であり、リヤシートの利用率は決して高くなかった。とすれば、リヤシートのサイズを荷室より小さくすることで物品税を回避できるというメリットが俄然魅力を増す。ごくまれな後席利用のケースより初期導入コストの低減の方が競争力の源泉となる。そう考えたのは鈴木修現会長だ。

 小さなリヤシートは後ろ側に折りたたみ式の脚を備えていた。表面的にはシート折りたたみ時の脚の収納を目的としていたが、現実には椅子を使う際に脚を畳めばリヤシートが後傾して広くなる。法規制をかいくぐる手段にもなっていた。こうして節税効果にフォーカスすることで軽自動車のトレンドはボンネットバン時代へと大きく変わったのだ。

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